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第16話 取り越し苦労の通学路
冬多は朝ごはんも食べず、歯磨きと洗顔を済ませると、手早く身づくろいをして、マンションを飛び出すと、学校への道を走った。
「あ! あ、あの、佐藤くん……」
通学路に進一郎の姿が見えたので、冬多は慌てて彼の傍へ駆け寄った。
昨夜はちょっぴり近く感じていた進一郎が、今朝はまたひどく遠くに感じられて、寂しい。
それでもなんとか勇気を出して、彼に話しかけることができたのは、進一郎が一人でいてくれたからだった。
「あ、おはよ。冬多」
進一郎が冬多に気づき、微笑んだ。
彼に『冬多』と呼ばれるのは、昨日の今日では慣れることなど不可能で、冬多の心拍数は一気に跳ね上がる。
額に彼の唇の感触までよみがえって、より鼓動は速くなる。
でも、こんな甘い疼きも、次の瞬間には消え去ってしまうのかもしれない……。
「冬多? どうした?」
端整な顔をきょとんとさせて、進一郎が聞いてくる。
「あ、あの、ご、ごめんなさい……」
ギュッと目を閉じて謝りの言葉を口にし、深く頭を下げた。
「は? なに? 冬多」
いきなり謝られて困惑顔の進一郎に、冬多は借りていたヘアクリップを壊してしまったことを告げた。
「だ、だから、お、同じものは無理かもしれないけど、よく似たのがあれば、買って、返したいんだけど。ああいうのって、どこに行けば売ってるのか、僕、分からなくて……」
冬多にしてみれば珍しくやや早口で、そう話すと、進一郎はなぜかやさしい微笑みを浮かべた。
「そんなの、気にしなくていいよ。姉ちゃん、同じようなものいっぱい持ってるし。それにあれは百均で買ったやつじゃないかな。姉ちゃん、百均マニアだから。……だから、別に気にしなくてもいいって」
「でも……」
進一郎が怒っても呆れてもいないことに、深く安堵しながらも、冬多としては気にしないではいられない。
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