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第29話 助けて……
冬多のブレザーがカッターナイフで切られるのを見て、教室に残っていた生徒たちはヒュー、と口笛混じりにはやし立てた。
おそらくミヤチも本気で冬多を刺そうとか、傷つけようとは思ってはいなかったのだろう。ただ脅かすだけのつもりで。
そしてそれは周りではやし立てる生徒たちにしても同じだったはずだ。
本当の傷害事件を起こすほどには、彼らの学校もクラスも崩壊してはいなかったから。
……でも、カッターナイフを向けられた側にしてみれば、そんな理屈は勿論通じない。
鋭利なカッターの刃は恐怖心を呼び、肌に直接傷はつけられていないとはいえ、一文字に切られたブレザーは、激しい危機感を冬多に与えた。
自分のほうへ向けられている刃先が怖くて、冬多の体が震え出す。
なぜか右腕の付け根の裏側にある傷跡がチリチリと痛んだ。
ミヤチがニヤニヤと厭な笑いを貼りつかせ、カッターナイフを冬多に近づけてくる。
怖い……こわい……! 助けて……佐藤くん……! こわい……。
だんだん呼吸が苦しくなってきて、頭の中に霧がかかったようになる。
霧は、冬多の意識をゆっくりと覆い始めて……、やがて真っ白になった……。
「進一郎くん! こんなところにいたの? もう探しまくっちゃったわよ」
クラスメートの女子生徒が、二つ隣のクラスで友人と談笑している進一郎を見るやいなや、そんなふうに叫んだ。
「いったい、なんだよ?」
女子生徒の剣幕に、進一郎は形のいい眉をひそめる。
「最近、進一郎くんとトロ多、休みの日とか一緒に遊んでるでしょう? それがおもしろくないって、一部の女子たちがミヤチたちをトロ多にけしかけて……」
進一郎は女子生徒の言葉が終わらないうちに、その場を飛び出していた。
そして、自分のクラスの教室へ飛び込んだ進一郎が目にしたのは、にわかには信じれらない光景だった。
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