30 / 94

第30話 信じられない光景

 進一郎が教室に飛び込んだ瞬間、見た光景は信じられないものだった。  ミヤチの顔面に、冬多の拳がめり込んでいた。  もろに顔にパンチを食らって、ミヤチの手からカッターナイフが落ち、そのまま後ろの机や椅子をなぎ倒しながら、倒れこむ。  大きな音がしているのに、なぜか教室は静寂に包まれているような、奇妙な空気をまとっていた。  教室へ飛び込んできた進一郎も、拳を突きだしたままの姿勢の冬多も、傍観していたクラスメートたちも、束の間、時間が止まったかのように凍り付いていた。  その中で殴られたミヤチだけが、痛みに顔を押さえながらも怒りに体を震わせていた。 「てめぇ……! トロ多のくせに……」  鼻血をダラダラ流しつつ、埋もれていた机や椅子のあいだから立ち上がろうとしている。  ようやく我に返った進一郎が、冬多を守ろうと手を伸ばすよりも早く、冬多の足がミヤチのおなかを蹴った。 「うげっ……!」  今度はおなかに靴の裏を食らい、カエルのような声をあげて、ミヤチが再び倒れこむ。 「冬……多……?」  進一郎は茫然としていた。  今、自分は夢を見ているのだろうか、と思った。  それほどに、たった今、目の前で起きたことは信じられないものだった。  ……あれは、冬多だよな? オレの大切な恋人の……。  目の前にいるのは確かに冬多である。  黒色の太いフレームの眼鏡も、長い前髪も、華奢な、壊れそうな体も……。  でも、と進一郎は思う。なにかが、どこかが違う気がする。  進一郎は、たとえようのない違和感を覚えながらも、冬多の傍に行こうとした。  そのとき、冬多がおもむろに眼鏡を外し、床へ放り投げた。

ともだちにシェアしよう!