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第31話 見知らぬ誰か

 冬多が放り投げた眼鏡はカシャンと乾いた音を立て、教室の隅に転がった。  その音とかぶさるように、冬多が口を開く。 「弱い者しか相手にできないクズどもが」  それは、ミヤチたちに向かって投げられた言葉だったが、まったく冬多らしくない乱暴な言葉遣いだったし、声さえも、大きな違和感を覚えさせるものだった。  声そのものは確かに冬多の声なのだが、いつもの自信無げな小さな声ではなく、気の強さが滲み出ているような、突き放すような声で……。  彼が発した言葉に、クラスメートたちが呆然となっている中、冬多は長い前髪を鬱陶しそうにかき上げて、後ろへ流した。  眼鏡がなくなり、長い前髪にも邪魔されない冬多の完全な素顔がさらされる。 「冬、多……」  思わぬ形で見ることになったその素顔は、進一郎の姉の言葉を借りるなら、まさしく『絶世の美少年』そのものだった。  冬多は、宝石のように煌めく大きな瞳をしていた。  そして、その瞳があらわになっただけで、今までは特に目立たなかった、鼻や唇などのパーツが突然個々の形の良さを強く主張し始めた。  もともと肌は綺麗だし、顔も小さく、髪も柔らかでサラサラしているから、冬多は今、文句のつけるところがない、美貌の少年としてそこにいた。  突然のことに、進一郎をはじめとしてそこにいる誰もが、息を呑んで彼を見ていた。  水を打ったように静まり返った教室の空気を散らすように、冬多が進一郎のほうへと歩いてきた。  どうにか自分を取り戻した進一郎が、冬多の肩に触れようとしたとき、 「触んなよ。うぜーんだよ、あんた」  信じられない言葉を彼から突き付けられた。  冬多は進一郎を冷たい目で一瞥すると、横をすり抜けようとした。 「冬多? おい、おまえどうしたんだよ……!?」  進一郎は彼の細い腕をつかんで引き留めようとしたが、冬多はその手を振り払い、進一郎を睨んできた。  進一郎がずっと見たいと願い続けてきた、その大きな瞳を敵対心でいっぱいにして……。

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