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第34話 戻ってきた恋人
「……佐藤くん?」
冬多は進一郎のことを認めてくれた。
大きな瞳にも、先ほどの冷たさは微塵もない。
冬多は元の、進一郎がよく知る恋人へ戻っていた。
「冬多……!」
進一郎は冬多を力いっぱい抱きしめた。
強く抱きしめられて、冬多はひどく戸惑った声で言う。
「さ、佐藤くん、いったいどうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ。冬多、おまえさっきはいったいどうしたんだよ?」
「え? ……なにが? あれ? 僕、いつの間に家へ帰ってきたの……?」
「…………」
冬多はなにも憶えていなかった。
ミヤチの顔面にパンチを食らわせ、おなかに蹴りを入れたことも。まるで別人みたいになり、自分のことを『シゼン』と名乗ったことも。
冬多が憶えているのは、ミヤチにカッターナイフで制服を切られたところまでで、次に気づいときには自宅のベッドの上、すなわち今、ということだった。
「こういうこと今までにもあったのか? その、記憶が飛んじゃうこと……」
ざわざわとした不安に駆られながら、進一郎が聞くと、冬多は小さくかぶりを振った。
「そんな覚えはないよ……。僕にもなにがなんだか、分からない……」
頼りなく応える冬多は、かなり困惑しているようだ。
だから進一郎は言わないで置いた。別人のようになっていたとき、彼が進一郎に対して、激しい敵意を見せていたことは。
冬多は途方にくれたようにうつむいていたが、やがてぽつり言った。
「……でも」
「え?」
「うん。僕、自分のこと、シゼンって言ったんだよね?」
「ああ」
「シゼン……なんとなくだけど……その響きには懐かしさを感じるような気がして……」
冬多はなにかを思いだそうと、形のいい眉を寄せて考えていたが、
「……分からない……」
小さく溜息をついた。
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