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第36話 素顔の君を
「だって、眼鏡と前髪がなければ、みんなが僕を見て、不愉快になるから……」
「は?」
進一郎は、なぜ冬多がそんなふうに言うのか分からなかった。
確かにさっき、別人のようになった彼には、凍り付くような印象を受けた。
でも、それは冬多が冬多でなくなってしまったからだ。
単純に顔立ちだけのことを言えば、不愉快になるどころか、誰もが振り返って見惚れるほどに愛らしい。
「……なに言ってるんだ? 冬多、すごく綺麗なのに……」
進一郎が冬多の長めの前髪にそっと触れて言うと、冬多は心底、不思議そうな顔をした。
「……綺麗……?」
「ああ。すごく綺麗だよ。なのに、こんなふうに眼鏡や髪で隠してしまうなんて、もったいないよ?」
進一郎の正直な気持ちだった。
先ほどのように、見知らぬ他人のようになってしまうなら、絶対に嫌だが、冬多が冬多であるならば、その美貌は大きな魅力の一つである。
なのに冬多は、
「佐藤くんは、優しいし……。僕なんかを好きだって言ってくれる奇特な人だから……」
頑ななまでに、自分の顔は他人に嫌悪感をあたえると思い込んでいて……。
「でも、冬多、オレは本当におまえを綺麗だと思うし、好きだよ」
「佐藤くん……」
困ったような、曖昧な笑みを冬多は口元に浮かべた。
「なあ、せめてオレと二人きりのときは、なんにも隠さない顔を見せてくれないか?」
彼がすごい美形であるとかそういうことを度外視しても、自分の顔を極端に嫌って、眼鏡や髪で隠してしまうのは、悲しいことだと進一郎は思うから。
「でも……」
「オレは冬多が好きだ。だから、おまえのことならなんでも知りたいんだよ」
進一郎は、彼の前髪を長い指でそっとかき分けると、綺麗な額にふわりとキスをした。
「佐藤くん……、僕のこと、嫌いにならない……?」
「怒るよ、冬多。オレのこと、信じられない?」
「……ごめんなさい……」
それでも冬多は何度かの逡巡を繰り返したあと、ようやくそろそろと眼鏡を外してくれた。
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