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第40話 消えない不安
無意識なのだろうが、冬多は時々、とてもきわどいことを言う。
「いつも僕が料理作るね」なんて、考えようによってはプロポーズの言葉にも聞こえるではないか。
短い至福のときは瞬く間に過ぎ、冬多は再び眼鏡をかけ、前髪を下ろした。
そして、二人は一緒に学校へと向かった。
進一郎と冬多が教室へ入ると、それまでざわついていたクラスメートたちが瞬時に静かになった。
進一郎が窓際の席にいるミヤチたちを見つけ、にらみつけたが、彼らはこちらに視線を向けてくることさえしなかった。
ミヤチの顔には派手な青あざができている。
クラスで一番体格のいいミヤチを『冬多』がのしたのは、もう周知の事実らしく、今まで、冬多をバカにしていた男子生徒たちは、すっかりおとなしくなっている。
比べて、女子生徒たちの反応は少し複雑で、昨日の冬多の美少年ぶりに、すっかり憧れモードになっている者たちと、あまりの豹変ぶりに引いてしまっている者たちに分かれていた。
どちらにしろ冬多はもう学校で、バカにされることはないだろう。……だが、手放しでは喜べない。あまりにも分からないことが多すぎるからだ。
放課後、進一郎は冬多をマンションの前まで送っていった。
「もし、不安になったり、こわくなったりしたら、いつでも電話しろよ? すぐに来るから。家近いんだからさ」
「うん……、ありがとう……」
少し不安げな冬多の前髪をそっとかき上げ、いつものように、なめらかな額へ口づけをした。
「佐藤くんも、昨夜、一睡もしてないんだから……、今夜は、早く眠ってね……」
進一郎を気遣ってくれる、彼の優しさが愛しくて切ない。
「ああ。でも本当になにかあったら、いつでも電話しろよ? オレは、冬多だけのヒーローなんだから……」
わざとふざけたような口ぶりでそんなことを言うと、冬多も口元をほころばせた。
不意に進一郎の心の奥深くから強い衝動が込み上げた。
離れたくない……!
渇望する心と体を無理に抑えつけると、冬多がマンションの中へ消えるのを見届けてから、自分も家路についた。
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