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第42話 剣呑な空気

 答が出せないまま、数日が徒に、でも平和に過ぎていった。  空気が不穏な色をまとい始めたのは、次の日から連休が始まるという金曜日の夜のことだった。  進一郎がお風呂から出て、ぼんやりと物思いに沈んでいたとき、ベッドに置いてあったスマートホンが着信メロディを鳴らした。冬多からだ。  進一郎は慌てて通話キーをタッチした。 「はい、もしもし、冬多?」 《佐藤くん……》  冬多の声はかすかに震えていた。  進一郎の胸にざらりとした不安が込み上げる。 「うん。どうした? なにか、あったのか?」  努めて落ち着いた穏やかな声を出して、そう問いかける。 《…………》 「冬多!? 大丈夫か?」  不安がじわじわと進一郎の心を侵食していく。 「おい、冬多?」 《……佐藤くん……、僕、思いだしたんだ……》 「うん……」 《前に、僕が佐藤くんのお姉さんのヘアクリップ、壊しちゃったこと、あったよね……?》 「……ああ、うん」  そういえば、そんなことがあったっけ。……でも、それがいったい……。 《あのとき……、僕はヘアクリップを制服のポケットに入れて眠ったはずだったのに、次の朝、起きたら……、リビングの床に落ちてたんだ。……思いきり踏みつけたように粉々に砕けて……》 「え……?」 《あのときは、わけが分からなかったけど……、佐藤くんも笑って許してくれたし……それ以上、深くは考えなかったんだけど……。今、ヘアクリップをつけてて、そのことを急に思いだしちゃって……。もしかしたら、あのときも僕、別人みたいななってしまっていて、壊してしまったんじゃないかって……。僕にはまったく記憶はないけど……、もう一人の僕、が……》

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