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第44話 怯える恋人
冬多は進一郎が来たことで、少し気持ちが落ち着いたのか、
「あ、ごめんなさい……。佐藤くん……」
慌ててドアを開け、中へ入れてくれた。
「……僕、やっぱりおかしいよね……」
ソファに進一郎と並んで座り、ホットミルクが入ったマグカップを持ちながら、冬多が頼りなげに呟く。
冬多はやはりお風呂に入ったばかりのようで、長い前髪をヘアクリップでまとめて、眼鏡もかけていなかった。
宝石のような瞳は、今、不安と怯えに揺れていて……。
「冬多……」
進一郎はいったいどういう言葉を紡げば、彼の不安を少しは軽くすることができるのかさえも分からなくて。そんな自分がとても情けなかった。
「だって……、別に頭を強く打ったりしたわけでも、ないのに……、まったく記憶のない時間があって……。その、僕が知らない時間に、僕の中の……誰かが、ヘアクリップを壊したり……、ミヤチくんを、殴ったりしてる……。誰かは、佐藤くんに、シゼン……と、名乗ったやつかもしれないし……。もしかしたら、まったく別の……誰か、かもしれなくて……。僕、本当に普通じゃない……」
ようやく少し落ち着いてきたところだったのに、また冬多の体が小さく震え始めていた。
進一郎は彼の肩に手をまわして、自分のほうへ引き寄せた。
「冬多……、落ち着いて、よく思いだしてほしいんだ。ヘアクリップとミヤチの件以外で、なにか同じような……記憶にはないのに、なにかが変わっていた、みたいなことあったのか?」
冬多は進一郎の胸に、小さな頭を預けたまま、少し考え込み、やがて口を開いた。
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