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第54話 彼の中の彼
「冬多? どうしたんだ?」
とらえようのない不安に追い立てられるように、冬多のほうへ足を進めかけたとき、彼が細い指で、鬱陶しそうに長い前髪を後ろにかき上げた。
その仕草に、進一郎の体は凍り付いたように強張り、現れた大きな瞳に慄然となった。
目の前にいるのは、つい今まで腕の中にいた冬多ではなかった。
宝石のような瞳は氷のような冷たい光を放ち、まなざしは憎悪に満ちている。
オドオドと自信無げな雰囲気は完全に消え去り、いっそ堂々として見える。
……これは、シゼンだ。
以前、ミヤチをのして、進一郎へのあからさまな拒絶を見せた……。
進一郎が確信するのと同時に、目の前の彼が口を開いた。
「おまえ、よくもオレの冬多に手を出しやがったな……!」
声は確かに冬多のものなのに、口調はまったくの別人で、進一郎への激しい怒りに満ち満ちている。
「……君は、シゼンか?」
「ああ。そうだよ」
「いったい、君は――」
進一郎は口籠ってしまった。
なにを、どんなふうに聞けばいいのか、まったく分からなかった。
惑乱を極めて、頭が真っ白になってしまっている進一郎に、シゼンは吐き捨てるように言葉を放った。
「オレはおまえなんかより、ずっと長いあいだ冬多の傍にいたし、冬多のことならなんでも知ってるんだ。絶対に冬多は渡さないからな」
進一郎の背中を戦慄が走った。
「冬多、冬多は今、どこにいるんだ!?」
今、シゼンという人格が冬多の体を乗っ取っているのならば、進一郎の知る冬多はどこへ行ってしまったのか……。
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