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第60話 どうしても、言えなくて

「そんなことないよ。だって僕……、今まで料理なんて、ほとんどしたことなかったもの。せいぜい作っても、ハムエッグとかサラダくらいで……。いつもコンビニとか、ファストフードで買ってきて、済ませてた。だって一人だと作るのなんて面倒だもん……。でもね……」  冬多はいったん言葉を切ると、花がほころぶように笑った。 「でも、佐藤くん、前に僕が作った朝ごはん、おいしいって言ってくれたでしょう? あのとき僕、本当にうれしくて。料理もっともっと上手になりたいって思って。パソコンとかでいろいろ料理の作り方とか調べて……。佐藤くんに食べてもらいたいから、僕……」  トマトよりも真っ赤になって、かわいいことを言う恋人に、進一郎は不覚にも涙が零れそうになってしまった。  ……この食事の風景だけを切り取れば、まさしく最高の幸せの構図だろう。  かわいくて初々しい恋人。  その恋人が作ったおいしい料理の数々。  楽しそうに笑う冬多を見ていると、その体にもう一人別の人格がいるなんて信じられない気持ちになってくる。  だから、進一郎は言えなかった。  深夜にまた、シゼンが現れたことを。増してや、果物ナイフで進一郎に襲い掛かろうとしたことなんて。  どうしても、言えなかった……。

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