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第62話 医師との面談
待合室に残された進一郎は、緊張で強張っていた体から力を抜いた。
とにかく無事に冬多を専門の医者に診せることができたことに安堵していた。
冬多と初めて結ばれた日の深夜、果物ナイフで襲いかかってきたあの時以来、シゼンの人格は現れてはいない。……少なくとも進一郎が知りえる範囲では、冬多の人格が変わることはなかった。
進一郎は大きく息を吐き出すと、あらためて待合室を見渡した。
『心療内科・神経科』という扱う病や症状の性質からか、内装は、医者に来ているということ感じさせないものだった。
待合室はごく静かで、看護師や事務の人たちの話し声も小さく、クラシック音楽がごく小さい音量で流れている。
冬多は三十分ほどで診察室から出てきた。
入室するときよりは、若干緊張が薄れた表情で、手に数枚の紙と鉛筆を持っている。
冬多のすぐ後ろから越智が顔を出し、
「じゃ冬多くん。その心理テストと絵を仕上げといてね。あまり難しくは考えずに、ね。……それじゃ、進一郎くん、入ってくれるかな」
冬多に言い置いてから、進一郎へ診察室へ入るように促した。
進一郎は冬多の頭をやさしく撫でてから、彼と入れ替わりに診察室の中へと入った。
診察室もまた、あまり医者に来ていることを感じさせない雰囲気だった。
大きめの木の机を挟んで、越智が奥に座り、進一郎は対面する形で座った。
机の上もきれいにかたづけられており、越智はノートパソコンになにかを打ち込んでいる。
パソコンを打ち終えると、越智は顔を上げた。
「さっき冬多くんにも聞いたんだけれど、彼に二重人格……解離性同一性障害と思われる症状が見られるんだってね?」
「はい。冬多本人には記憶はないみたいなんですが、オレは冬多が別人みたいになったときに二回遭遇していますし、その別人のような彼は、自分をシゼンと名乗っています」
「シゼン……?」
「はい」
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