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第64話 あやふやな記憶
「実はね、僕もまず冬多くんの家族構成から質問を始めたんだけど。たとえば、お父さんと新しいお母さんが結婚したのはいつ? って聞いたら、結婚式をしなかったから、はっきり分かりません。って返ってきて。じゃあ、義妹さんが生まれたのはいつ? って聞いたら、多分、中学二年か三年か、どっちかだと思います。……なにを聞いてもそんな曖昧な答しか返ってこないんだよ」
「そんな……」
「中学の頃っていったら、まだほんの二・三年前のことだろ? なのにあんなにあやふやな答しか返せないのは、冬多くんが完全に家族の中で孤立しているからだと思う」
「…………」
あんなマンションに一人暮らしをしているくらいだから、確かにそうなんだろう。
「それとね、幼い頃のこともほとんど記憶に残っていない。どういう幼少時代を過ごしたのか、まったくといっていいほど憶えていない」
「え……? でも、それは誰でもそうなんじゃないんですか? 幼い頃のことを憶えていないのは」
「そりゃ、赤ん坊の頃の記憶ならなくても当然だけど、冬多くんの場合、小学校の高学年くらいまでの記憶がいっさいない。断片的なものさえ憶えていないんだ。それこそ煙草の火を押し付けられるような目に遭っていながら」
「……それは確かに変ですね」
「だから、そこらへんの冬多くんの過去が分かれば、いつぐらいの時期にもう一人の人格であるシゼンくんが生まれたのかも分かると思う」
「…………」
進一郎はどう返事を返せばいいのか、にわかには分からなかった。
不安だった。
冬多の過去を探ることで、彼が傷つき、苦しんでしまうことになるのではないかと。
「明日にでも退行催眠で、冬多くんの過去へアプローチしてみようと思うんだけど。冬多くんは了承してくれたけど、君はどうかな?」
でも、きっとそうしなければ前には進めないんだろう。だからこそ冬多も了承した。
「分かりました。お願いします」
進一郎は深く頭を下げた。
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