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第74話 もう一つの人格

「幼い冬多くんが暴力と言葉の虐待を受け、もう一つの別の人格を生み出したとしてもなんの不思議もない。むしろ自分の心を守るため必要なことだったんだと思うよ」  越智は深い溜息をつくと、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。 「今日の退行催眠で、シゼンの人格は現れたんですか?」  進一郎も冷めたコーヒーに口をつけながら聞いてみた。 「いや。今回は人格の変化は見られなかったよ。シゼンくんの人格は、今のところ息をひそめて様子をうかがっている、っていう感じかな」 「あの、先生、冬多はシゼンについての記憶がまったくないみたいなのに、シゼンのほうは冬多のことをよく知っている。そういうケースってよくあるんでしょうか?」  進一郎の質問に、越智は少し困ったように眉を下げた。 「うーん……、解離性同一性障害はまだまだ分からないことだらけだからねー。一概には言えないな。でももしかしたら、幼い頃は冬多くんもシゼンくんの存在を知っていたのかもしれないし、互いに会話みたいなものも交わしていたのかもしれないよ? それが成長とともにシゼンくんの一方通行になってしまった……そういうふうに考えることもできるかもしれないね」  越智の言葉を聞いて、進一郎はふと思い出した。 『オレと冬多は同じ痛みを分け合って生きてきた』  シゼンが言っていた言葉だ。 「……冬多は治るんでしょうか?」  それがなにより不安であった。 「そうだね、時間はかかるかもしれないけれど、きっと治るよ」  越智はコーヒーを飲み干すと穏やかに微笑んだ。 「今、冬多くんには君がいるからね。もう一人ぼっちじゃない。冬多くんを心から心配して、大切に思っている君の存在こそが、なによりの薬だと思う」 「……はい……」  進一郎は喉元まで出かけた嗚咽を飲み込んで、ようやくその一言だけを発した。

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