77 / 94

第77話 彼の涙

 進一郎は初冬の夜の町を走り、冬多のマンションへと急いだ。  もうすっかり憶えてしまっているオートロックを解除し、冬多の部屋の前へ立つ。  インターホンを鳴らそうか迷い、ドアノブに手をかけると開いていた。 「……冬多?」  声をかけながら部屋へ入ると、中は真っ暗だった。  あの電話のあと、眠ってしまったのだろうか?  そう思いながら、手探りでダイニングの電気のスイッチを入れる。  たちまち明るい光が降り注いで、眩しさに目を瞬いた。  進一郎は廊下へ出て、トイレとバスルームを見てみたが、どちらにも冬多はいなかった。  ダイニングへ戻り、リビングへと通じる扉を開ける。 「冬多……!」  冬多はそこにいた。  ナイトライトの淡い光に照らされ、ソファで膝を抱えてうずくまっていた。  長い前髪が顔を覆い、表情は見えないが、華奢な肩が小さく震えている。……泣いているみたいだった。 「冬多……? 大丈夫か?」  進一郎が彼の傍に行こうとしたとき、 「うるさい……!」  冷たく、激しい憎悪の籠った声が叫ぶ。そこにいたのは、冬多ではなく、シゼンだったのだ。  シゼンは叫び続ける。 「なんでだよ……!? 冬多とずっと一緒にいたのはオレなのに、痛みも悲しみも寂しさも、なにもかも共有してきたのに……、冬多はオレを必要としなくなってきている……」 「…………」 「一人ぼっちの冬多の傍にいつも寄り添って生きて来たんだ。オレには冬多しかいないし、冬多にもオレしかいない……、ずっと、いつまでも、オレたちは一緒なはずなのに……」  嗚咽混じりの声は、シゼンのものであると同時に冬多のものでもある。  進一郎の胸が痛んだ。

ともだちにシェアしよう!