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第79話 混乱状態
宝石のような瞳は少しのあいだ虚空を彷徨い、やがて進一郎の姿をとらえた。
「……佐藤くん……?」
冬多に戻っていた。
「冬多……!」
進一郎は恋人の体を力いっぱい抱きしめた。
冬多はまったく状況が分からない様子で、かなり戸惑いを見せている。
「え? どうして佐藤くん、ここにいるの? いつ来たの……?」
彼にはシゼンでいるときの記憶がないのだから、混乱に陥るのも無理はない。
進一郎は冬多を安心させるように優しく背中を撫でてから、彼の小さな顔を両手で包み込んだ。
すると、冬多の瞳が大きく見開かれた。
「佐藤くん? どうしたの? その傷……、血が出てる……」
「え? ……ああ」
さっきシゼンが投げたコップの破片が頬をかすめたときの傷だ。
「なんでもない。ただのかすり傷だよ」
進一郎はそう言って、長い指で頬の傷に触れる。指先に血が少しついたが、もうほとんどとまっている。本当に小さな傷だった。
それなのに、冬多は進一郎の声など聞こえていないかのように、激しく狼狽えた。
「……もしかして、僕? 僕がしたの? 『僕』が佐藤くんに怪我を負わせたの?」
「冬多、落ち着けって……! こんなの――」
怪我っていうほどのものじゃない、と続けようとしたが、冬多の悲痛なまでの叫びに遮られてしまった。
「ごめん……ごめんなさい……! 佐藤くん、許して。……嫌いにならないで……僕のこと、嫌いにならないで……!」
「冬多、なに言ってるんだ? 冬多」
「ごめんなさい……、お願い……、嫌いにならないで。おねが――」
体を震わせて、憑かれたように謝り続ける冬多の唇を、進一郎は自分の唇で塞いだ。
「……っん……」
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