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第86話 反逆
冬多……!
進一郎はダウンコートを乱暴につかむと、家を飛び出して、まだ明けきらぬ住宅街を冬多のマンションへと急いだ。
悪い予感が胸の中でどんどん膨らんでいく。
冬多の部屋は今日も鍵が開いていた。
進一郎が中に入ると、リビングから明かりが漏れていた。
「冬多っ!」
進一郎がリビングに通じる扉を開けると、
「……とう、た?」
そこには、フローリングの床にぺたんと座り込んでいる冬多がいた。
進一郎は一瞬、自分の見ている光景の意味するところが理解できなかった。
冬多の白いパジャマが真っ赤に染まっていて、すぐ傍には解熱鎮痛剤の空箱がいくつも転がっている。
「冬多!? おまえ、なにして……」
彼の傍に駆け寄り、進一郎の心臓は凍り付いた。
冬多は右手にカッターナイフを持ち、左手首を深く傷つけていた。
手首には二本の深い傷が走り、血があふれ出している。
「なにやってんだよっ!!」
進一郎は冬多の手からカッターナイフを取り上げた。
次の瞬間、彼は小さく笑いだし、進一郎のほうを見据えた。
「冬多の中からオレが消えるくらいなら、他の誰かにとられるくらいなら……」
血の気を失い、紙のように白くなっていく顔色で、薄く笑う彼。
「……そんなことになるくらいなら、オレが一緒に連れて行く……」
そこにいた彼は、冬多ではなく、シゼンだった……。
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