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第89話 零れ落ちる涙
進一郎は彼の寝顔を見つめ続けた。
長いまつ毛の影をなめらかな頬に落として眠る彼。
進一郎の目の前で眠る彼の中に、今いるのは冬多なのか、それともシゼンなのか。
目を覚ましたときは?
そのことを考えるとたまらない不安が、心の奥深くからせりあがってくる。
血で真っ赤に染まったパジャマ、ぱっくりと裂けた手首の傷、散乱した鎮痛薬の空箱。
シゼンの人格は冬多を道連れに心中しようとした――。
『冬多の中からオレが消えるくらいなら、他の誰かにとられるくらいなら……オレが一緒に連れて行く』
あのときのシゼンの声が笑い顔が、頭から離れない。
進一郎は彼の耳元へ自分の唇を近づけると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「シゼン……、聞こえてるか? お願いだ。冬多を傷つけるのだけはやめてくれ。冬多を連れて行かないでくれ……。おまえは消えるんじゃない、冬多の中へ還るだけなんだ……。だから……、お願いだから……」
ポタン、と彼の頬に進一郎の涙が落ちる。
「……っう……」
進一郎は嗚咽を必死にこらえようとしたが、涙は次から次へと溢れ、頬を伝い、やがて彼の頬へと落ちて行った……。
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