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第2話
とりあえず、近所にあるファミリーレストランへ龍之は二人を連れて行った。
暗い夜道から明るい店内へ入ると、入り口で青年のほうがなぜかいきなり立ち止まってしまった。片手で顔を覆っている。龍之の後ろにいた鳥斗、と名乗った少年はそれに気付くと慌てて青年の傍らに戻って寄り添った。
「白夜 、大丈夫!?」
「大丈夫です。ちょっと目が眩んだだけ。この電灯ってやつ、未だに慣れなくて」
龍之はなにか奇妙に感じたが、白夜と呼ばれた青年が鳥斗の手を借りて、目を瞬 かせながら歩き出したのが見えたので、平気かなと思いウエイトレスが案内した席へ一人で先に座った。後から二人もやってくる。自分はコーヒーを頼み彼らに注文を尋ねると、鳥斗が首を横に振ってなにも、と答えた。
「ええと……どういうこと?姉さんの息子?だって?」
「そうです、みずほ奥様の」
勢い込んで話し出した青年を、龍之は手で制した。
「まてまて。ちょっと待て。なんなんだよその奥様ってのは!?」
「ですから里長が亡くなって、旦那様が後を継がねばならなくなったんです。それで坊ちゃんはお屋敷にいられなくなってしまって……仕方なくこちらへ来たんですけど、あのお金ってやつがもう!」
白夜はひどく苛立った様子で訳のわからないことを言う。
「だからちょっと待てってば!里長?なんだって?全然意味がわからないよ」
「すみません」
ふいに鳥斗が言った。
「ごめんなさい――叔父さんには、僕達のことは話してないって母さん言ってました。だから迷惑なのはわかってるんです」
そこで鳥斗は息を吸い込んだ。決意したように言う。
「僕ら――人間じゃないんです」
「は?」
龍之は唖然として向かいに座る二人の顔を交互に見た。こいつらどっかおかしいの?しかしそうも見えないが。
「人間じゃなかったら……なんだって言うの」
龍之がやや笑いを含んだ声で呟くと白夜が答えた。
「禽鳥 ――トリ、です。我々は」
「はあ?トリ?オウムとかインコとかの?翼があってクチバシがあるやつ?は。はははは」
龍之はひとしきり笑ったが、急に黙りこむと険しい表情を作った。
「姉貴の子だとかトリだとか――なんなんだ全く。こっちはそんなタチの悪い冗談に付き合うヒマはないんだよ!一体どこで俺の名前やらアネキのことやら調べてきたんだ?何が目的だ?金でもせしめようって気ならあきらめろ!俺は作家だっつってもぜんっぜん売れてないからな!極貧なんだよ!」
そう怒鳴りつけた龍之の顔を鳥斗は大きく目を見開いて見つめていたが、やがて寂しげな表情になって視線を落とし、すみませんでした、と小さく呟いて頭を下げた。
「ごめんなさい――白夜、行こう」
俯いたまま立ち上がる。隣の青年を促し、席を離れようとしたところでその体がふらついた。
「坊ちゃん!?」
叫んだ白夜の腕の中に、鳥斗は崩れるように倒れこんだ。
「おい、どうしたよ?なんか病気か?」
驚いて思わず椅子から腰を浮かせ身を乗り出した龍之から、白夜は鳥斗を庇うようにして抱きかかえ、睨みつけた。
「この――下等な――人間め!もしこの子が死んだりしたら――お前も同じ目に遭わせてやる!」
その恐ろしい目つきに龍之は背筋が凍って動けなくなった。この目は、いったい――
「駄目だよ白夜――頼むから叔父さん脅すようなこと言わないで。病気じゃないです、大丈――」
鳥斗が言いかけたとき腹の虫の鳴く音がした。
――――――――――
「全くもう……腹減ってるならそう言えよ!注文訊いたってなんにもいらないとか言うから……」
龍之は目の前でカレーライスを頬張っている鳥斗に言った。
「すみません……でも、お金が……なかったから……」
夢中で食べていた鳥斗が顔を赤くして詫びた。傍らで白夜がその様子を心配そうに見ている。
「ならそう言えばいいだろ。そのくらい奢るよ、高い店じゃないんだから……。そっちの……白夜だっけ、アンタはいいのか?食わなくて。遠慮してんなよ?アンタにまで倒れられちゃあその方がやっかいだ」
「私はそこらで食べてたから平気です。でも坊ちゃんは――ちゃんと人間用に料理したものじゃないと駄目だから」
そこらでって……一体何を食ってたんだ。龍之が少々薄ら寒い気分になっていると白夜が訊ねた。
「あのう、お金って……どこからとってくるものなんですか……?」
「え!?はあ?」
「里ではそれぞれに見合った物を持っていけば、必要な品は簡単に手に入ったのに――街じゃどこへ行ってもお金ってやつじゃないと駄目だって断られて……あんなに食べ物があるのに。かっぱらっちまえば簡単だったんですが、坊ちゃんは止めろって言うし」
龍之はぽかんと聞いていた。
「それでその……お金ってやつを探してみたんですけどどこにもありゃしない。そのうち里から持ってきた食料も尽きちゃって。狩には自信があったのに、こっちじゃ大分勝手が違うから……」
「狩、って……ひょっとしてあんた……お金って、動物……だと思ってる?」
「いや思ってませんよ?あれは……木の実かなにかでしょ。小さいし、動かないし」
大真面目にそう言う白夜の顔を龍之は唖然として見たが、やがて急におかしさが込み上げてきて吹きだした。金が……木の実かなにかだって?じゃあ差し詰め紙幣は葉っぱってところか。なんてのどかな発想だ。
もしかしたらどこか……誰も知らない山奥の秘境のような所で……自分達だけで独自の生活を営んでいる人々がいるのかもしれない。姉はその仲間に入ったんだろうか。そう考えると……ありえない話じゃない気がしてくる。こいつら、そういうとこで生まれ育って、そこから出てきたんじゃないだろうか。
「そりゃあいい……金のなる木がほんとにあったら俺だって欲しいや。庭に植えたら大金持ちだよなあ!」
大笑いしている龍之の顔を、二人はきょとんと見つめていたが、やがて鳥斗が、安堵したように呟いた。
「良かった……。叔父さん、怖い人じゃなくって良かった」
それを聞いて龍之は笑うのを止めた。そう言えば……さっきこの子を……怒鳴りつけてしまったんだった。
「俺、怖かった?」
「……ちょっとだけ……」
鳥斗ははにかんだように龍之の顔から視線を外し、少し俯いて微笑んだ。その笑顔はみずほに生き写しだった。
それにはっとさせられながら龍之は詫びた。
「ごめんよ。怖がらす気はなかったんだよ……からかわれてるんだと思ったから」
「いいんです。急に来て――ごめんなさい」
空になった皿の前で、鳥斗は龍之に向かって丁寧に頭を下げると再び立ち上がった。
「これ、すごくおいしかった……ご馳走様でした。白夜、お待たせ。行こう」
「待ちなよ」
席を離れようとした二人に、龍之は声をかけた。
「今度はちゃんと聞く。怒鳴ったりしないでちゃんと聞くから、もう一度説明してくれないかな――」
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