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第7話

龍之がいる居間から出て鳥斗が廊下を歩きだすと、向かいから人貴がやって来た。人貴の事がまだ少しだけ怖かった鳥斗は、緊張しながらぺこりと頭を下げた。 人貴は鳥斗をちらりと見ただけですれ違った――が、少し先へ行った所でいきなり言った。 「おい」 鳥斗はびくりとして立ち止まった。 「はい!」 人貴は口を結んだしかめっ面のまま、鳥斗の側まで大股に引き返してきた。すぐ前に来るといきなり腕を伸ばして鳥斗の左手首を掴み、ぐいと引っ張って自分の目の前に持ち上げる。鳥斗は驚いて声も出せず、されるままになっていた。 人貴は間近で鳥斗の左の手のひらを裏に表にと返しながら、暫くしげしげと眺めていたが、やがてまた 「おい」 と言った。 「は、はい」 左手首を掴んだまま、もう一方の手の人差し指で鳥斗の指先をつつく。 「お前のこの爪――」 鳥斗は怖くて――泣き出しそうになっていた。里にいた頃、同じ繁殖期に産まれた連中――皆この人貴のように鳥斗よりずっと大きく、力もあった――そいつらに囲まれたことがある。その時もこうして掴まえられ、身体をあちこちいじくられて観察された。そうして皆して、鳥斗が自分たちと違うと言い、馬鹿にして嗤ったのだ。 人貴が呟く。 「――まさか急に伸びたりとか……するはずない……よな」 「……えっ?」 鳥斗が戸惑って声を上げると、人貴は溜め息をついた。 「馬鹿馬鹿しい。やっぱり、見間違いに決まってる……。俺のと何も違わない……違うわけないよな……」 そうして鳥斗の手首を放し 「ごめん」 と一言いい、そのまま廊下を歩いて遠ざかって行った。 何も違わないと言われて鳥斗はなにか――不思議な気持ちになりながら、人貴の後姿を見送ったあと、彼に掴まれていた自分の左手に目をやった。 台所へ入ると、白夜が嬉しそうに鳥斗に言う。 「あ!坊ちゃん!今お呼びしようと思ってたんですよ!これほら、見てください。満ちるさんに教わって、白夜がこしらえたんですよう、天ぷら!」 「え?そうなの?これ白夜が?――すごいなあ」 鳥斗は感心して言った。白夜が持ってきて見せた皿の上には、湯気をたてている揚げ立ての野菜の天ぷらが盛られている。 「おいしそう……」 お世辞ではなく本心から鳥斗は呟いた。 「冷めないうちに食べてみてください!坊ちゃんのために頑張りました!」 白夜は食卓の椅子をひき、鳥斗を座らせる。言われるまま箸を取り、鳥斗は熱い天ぷらに齧りついた。 「美味しい……すごいや白夜。すごく上手に出来てる」 「良かった!そうでしょう。先生がいいんですよ。ね?」 白夜が満ちるを振り返る。満ちるは笑って答えた。 「生徒にやる気があるからですよ。それに白夜さんカンがいいし、料理に向いてます。これからもっと色々教えてあげますからね」 「お願いします。さて、残りも揚げちゃいましょう。龍之様にも持ってって差し上げないと!」 張り切った様子でまた満ちると並んで作業にとりかかった白夜の後姿を見ながら、鳥斗は切なくなった。 自分に付いて、住み慣れた故郷を離れてこなければならなかった白夜。いつでも自分をこんなに大切にしてくれる白夜。彼がいなかったら自分はとっくに――死んでしまっていたと思う。 白夜は自身の事はいつも後回しで、繁殖期すら見送り、伴侶も持たずにいる。はやく自分が独り立ちして、彼を解放し、里へ帰してやらなければ――でも白夜がいなくなって一人きりになっても――自分は果たして生きて行けるのだろうか?考えただけで心細くなる。 ――そんなこと言っていつまでも甘えてちゃだめなのに。どうしてこんなに……僕は弱虫なんだろう。口の中で、ほの甘くサクサクと崩れる天ぷらを噛み締めながら鳥斗は白夜に申し訳なくて――泣きたくなった。

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