白夜は夜の闇の中を暫く飛び、人家の明りが見えない山の中腹までやって来て降り立った。 こんなところにも、人間が作った鉄とコンクリートでできた何かの施設がある。そのフェンスの前の地面に座り込み、膝を抱えて俯き、目を閉じた――誰もいなければ人の姿に擬態する必要はないはずなのに、白夜は人形(ひとがた) を取った。 最近は人の姿でいる事が長いせいか――この方が落ち着くときがある……ああ、それでかなあと白夜は思った。この姿で鳥斗について街に出ると、大概の人間は二人を血縁と見なしてそう扱う――それは白夜には嬉しく、誇らしい事だった。だからつい、坊ちゃんに対して気安くなってしまったのだ……。 いつの間にか、自分があの子に適切な伴侶を見つけ、定めてやらねばならないような気になっていた。坊ちゃんにそんな助けは必要無い。つがう相手は自分で選ぶものだ。それに従者の分際でそのような差し出がましい真似をするなんて、里では絶対に認められないというのに―― その時、闇の中に――禽鳥喰いの気配を感じて白夜は顔を上げた。 「黒羽か？」 白夜は禽鳥の姿に戻り、感覚を研ぎ澄ました。黒羽は白夜の左後方、闇がわだかまった部分に身を潜めている。 いつもなら威嚇して追い払う所だが、今夜はそんな気にならず、白夜はその闇に向かって静かに話しかけた。 「黒羽――坊ちゃんを――付け狙ってももう無駄だぞ。坊ちゃんは立派な成禽鳥になられた。伴侶を庇って……禽鳥を追い立てるくらい強くおなりだ。お前ごときに屠(ほふ)られはしない。返り討ちに遭うが関の山だ。もう――あきらめろ」 黒羽の気配がすす、と動いて白夜の背後に迫る。 「それとも私を――獲(と)って行くか……？それには良い機会だ、私は今夜は……闘えそうに無いからな……」 すぐ後ろの禽鳥喰いの気配を感じながら、白夜は、それにもう……坊ちゃんは私を必要としないかもしれないし……、と呟いた。 「ハクヤ……」 闇が擦れた声で言う。同時に、地面に座りこんでいた白夜の右脇に、何かがかさり、と乾いた音を立てて置かれた。