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第19話

朝、人貴はなんともいえない気まずい気分で台所に顔を出した。兄の部屋は離れているから……鳥斗とのことはばれていない、と……思いたい。が、龍之はどこにいたかわからないし……始めは音を立てないよう気を使っていたのだが、鳥斗があんまり奔放で……それがまたひどく魅力的だったので……人貴も途中から、そんなことどうでもよくなってしまった。 「おは……よ~……」 暖簾の隙間から覗き込むと、龍之がそこで新聞を見ながらコーヒーを飲んでいた。 「オス」 「あれ?兄さんは……?」 「まだ寝てる。昨夜あんま寝られなかったみたいだから、寝かせといてやろう。朝飯、トーストでいいだろ?」 「うん……オッサンは……寝られた?俺らその……遅く帰ってきたりしてガタガタしてたから」 「ああ~……なんだかな、色々あったらしいよな。俺はまあ、平気だよ。不規則なのは慣れてるから」 龍之は新聞に目を落としたままでいる。その様子からは何も読み取る事はできなかった。 「鳥斗は……あ?今日土曜か。どうも曜日の感覚が無くなっていけねえ……」 時計を見上げて龍之が呟いた。 鳥斗、の名を聞いて、食パンを袋から引っ張り出そうとしていた人貴は我知らず赤面した。昨夜の鳥斗の……色っぽい姿が嫌でも思い浮かぶ。すると突然、白夜の声がした。 「あ!人貴様。そんなこと私がやりますって」 「ふぇ!?」 びっくりして人貴は妙な声を出した。 「な……なんだよその、人貴『様』ってのは!気持ち悪いな!」 白夜は人貴の隣に立って、きょとんとした顔をした。 「そりゃ人貴様は坊ちゃんの伴侶になったですから。(あるじ)のお相手の方も、私にとって主ですから」 「はん……ある……そ……な……」 口をパクパクさせている人貴から、白夜はさっさとパンを奪うとトースターにセットし、龍之を振り返った。 「さて、卵でも料理しましょうか。龍之様は?」 「俺は飯はいい……コーヒーもう一杯頂戴……」 龍之は、相変わらず新聞から目を離さず言う。 コンロの前に立った白夜に近付き、人貴は声をひそめて言った。 「おい……頼むから、その様ってのは止めてくれよ……」 「なんでです?そういう訳には。だって……」 「しーっ、コラ!」 人貴が背後の龍之を気にして言うと、龍之がのんびり答えた。 「仕えたいって言うんだから仕えさせてやれよ……その代わり、鳥斗大事にしてやりゃいいんだから」 「オ、オッサンちょっと!それ……!どういう意味で……!?」 「いいからいいから。いや~あ、若いっていいな!……あ、そだ、なんか寂しくなってきちゃったから俺も桜ちゃんに電話しようっと」 笑いながら立ち上がった龍之は、白夜からコーヒーマグを受け取ると新聞を小脇にはさんで台所から出て行った。 「ああもう……絶対聞かれてたんだ……」 人貴は食卓の椅子に座り込んで頭を抱えた。満ちるにも……知られてるかもしれない。 「はいどうぞ」 目の前に食事を盛った皿が置かれた。 「え!な、なにこれ!卵三つは多いって!」 「その位食べなきゃ体力持ちませんよ?繁殖期は今少し続くんですから。これからが本番なんですから」 白夜はさらっと、恐ろしい事を言う。 「精力つけて坊ちゃんにしっかり応えて差し上げてください」 「ちょっと待ってよ!」 人貴は叫んだ。 「昨夜はお前、反対してたじゃないか!なにすんなり認めてんだよ!」 白夜が、やや恨めしそうな顔で人貴を見る。 「坊ちゃんの求愛にあなたが応じたのであれば、それを引き裂こうと思ったらこちらは命がけなんですよ……主に逆らう事にもなるし。……もしあなたの方が、坊ちゃんがああいう状態なのを良いことに不埒な行為に及んだんだったら……とうに八つ裂きにしてるとこですけどね。ま、私としては、認めるより仕方がないです。不本意だけど」 「不本意……そりゃそうか……繁殖期って言ったら、本来は子供を作るためのもんだもんな……」 申し訳なさそうに呟いた人貴に、白夜は溜め息をついてみせた。 「そりゃできれば?坊ちゃんの血を引くお子の顔を見てみたかったですけど……でも雄同士の組み合わせも例が無いじゃなし、なにより坊ちゃんがご自分でお選びになったのですから、あなたが適正なことは間違いがないです――さ、召し上がってください」 「うん……」 人貴はフォークを取り上げながら訊ねた。 「雄同士……くっつくこともあるんだ?」 「はい。元々()禽鳥は数が少ないし、適齢期の娘ともなれば尚更で……。それに伴侶選びは強い血を持つ身分の高いお方が優先だし……だからどうしても、あぶれる者が出てきます……」 白夜はそう呟いたが、突然はっとしたようになって叫んだ。 「ですが坊ちゃんはけしてあぶれ雄なんかじゃないですけど!ちゃんとご自分のご意思で人貴様をお選びになったんですからっ!ほらっ、食べて食べて!あなたには、健康で最高の状態でいてもらわないと……!」 「は、はい」 食べながら、人貴は少々やりきれない気持ちになっていた。

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