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第20話

食べ終わると白夜が人貴をせかすように言う。 「ではお清めのお手伝いいたしますから、浴場においでになってください」 「はっ!?お清……なに!?」 うろたえる人貴の腕を掴んで、白夜は風呂場へ引き立てて行く。 「ほら脱いで脱いで!」 「バ、バカ!なんでお前が脱がすんだ!?」 「御身を清めて、つがいになる儀式をするんです!本来ならそれが終わってはじめて祖神(おやがみ)さまから枕を交わすお許しが出るんですからね!お二人ときたら全部すっとばしちゃってからにまったく……順番がすっかり狂ってしまいましたけど、やらないよりはマシです!お相手選びは従者の口出しするところじゃありませんが、これだけは私の気が済むようにさせてもらいますから!」 怒ったように言う白夜に服を剥されそうになって人貴は慌てた。 「ちょ、ちょっと!なにすんだよ!いいよ!」 「そうはいきません。坊ちゃんがお待ちになってますし、これは私の役目ですから」 「え?鳥斗が……待ってるの?」 「そうですよ。今朝はお食事いらないっておっしゃるから、先にお支度して頂きました」 なおも白夜は人貴の服を脱がそうとする。 「おいこら!自分でやるからいいってばっ!」 「こういうお世話は私の仕事なんですから、ご遠慮なさらずとも」 「遠慮じゃないよ!鳥斗はお前に世話されるの慣れてんのかしんないけど、俺はめちゃくちゃ抵抗あるよ!とにかく風呂入りゃいいんだろ!?」 「そうですけど……」 白夜は渋々といった様子で人貴から手を放した。 人貴が仕方なくシャワーを使っていると、白夜が脱衣所から言う。 「済んだら正装なさってくださいましね……?人間の衣装は、私調達できませんでしたので」 「わかったよ……」 なんだかよく知らないが、白夜の言う通りにしておこう。鳥斗と関係してしまった負い目から、人貴はそう考えた。 「正装ったってなあ……」 自室の箪笥の前で暫し考え込み、仕方がないので手持ちのスーツの中からフォーマルに近い色柄の物を選んで着込んだ。着替えて出ていくと、白夜が廊下でかしこまって待機していたので、彼について鳥斗の部屋へ向かった。 先に立っていた白夜が部屋の襖を開ける。中央に見慣れない植物が綺麗に活けられた花籠のようなものがあり、それを挟んで――座布団が二枚、向かい合わせに置いてある。そのうちの片方に――鳥斗が端座していた。やや俯いて、自分の膝の上に揃えた手の辺りに視線を落としている。 彼は白夜が用意したのであろう白い着物と袴とを身に着けていた。婚姻色があらわれたその髪は、衣装の純白に引き立てられてか今日は一段と色鮮やかで、艶めかしささえ感じられる。その鳥斗の姿を見たとき――人貴の心臓はどきりと跳ね上がった。あの髪を見ると冷静でいられなくなってきて、視線がつい、鳥斗の身体の線をなぞり……その中身を想像してしまう……。 俺は一体どうしちゃったんだ、人貴は自分に言い聞かせた。落ち着け、相手は水着のグラビアガールでもなんでもない。只のやせっぽちのガキじゃないか……。 「……まだむしゃぶり付いちゃ駄目ですよ」 白夜が人貴に耳打ちする。 「むしゃ……だ、誰がそんな……!」 「あの坊ちゃんのお姿を見ればね、仕方ないです。じゃ、あまり我慢させても気の毒なので、簡略的に行きましょう」 「べ……別に……我慢なんかしてないってば!」 白夜に促されて向かいに座った人貴を、鳥斗は飾られた籠の植物越しに見上げて微笑んだ。その表情にぼうっとなった人貴が鳥斗を見つめている間、白夜は良く通る声で何か――祝詞のようなものを唱えていたが――人貴には全く意味がわからなかった。それが聞こえなくなった時、向かい側の鳥斗が言う。 「人貴さん、一度言ったけど、このまま僕をつがいの相手に選んでいいか、選ぶ権利があるのは人貴さんなんです。強引に……こんなことになっちゃって……ごめんなさい。拒絶してくれてかまわないんです」 拒絶?俺がこいつを拒絶する? そんなことある訳が――ないじゃないか。 「ただ立ち上がって部屋から出て行くだけでいいんです。そしたら僕は……後を追ったりしませんから。そうできない決まりなんです」 気付くと白夜はいない。間にあった籠もどけられ、人貴は部屋で鳥斗と二人きり向かい合っている。人貴は座布団に――じっと座ったままでいた。 「人貴さん」 「なに?」 「ほんとに――いいんですか?」 人貴は目を閉じて喚いた。 「うるさいなー!いいに決まってんだろ!」 照れ臭くて……頬が熱くなるのが分かる。多分耳まで真っ赤だろう。情けないなあ……。 「ありがとうございます……」 俯いて鳥斗が震える声で言う。 「泣くんじゃないよ……」 「でも……僕なんかでいいのかな」 「いいの!俺の選択に文句つけんな!」 鳥斗が立ち上がって……人貴に近付いてくる。その姿を、半分夢見心地で眺めながら、人貴は、ああこいつとつがいになって……ほんとに良かった、と考えていた。 満ちるが起きていくと、白夜が食卓の椅子にぼんやりと腰掛けていた。 「お茶でも淹れましょうか……」 満ちるに訊ねられ、白夜が我に返る。 「は!あ、いや!すみません。私がやります!」 「いいですよ。そのまま座ってて」 湯飲みを二つ、テーブルの上に並べながら、満ちるが訊ねた。 「儀式は……滞りなく済んだんですか」 「……はい。祖神さまへのご報告も……済みました」 「二人は正式に夫婦……つがいに……なっちゃいましたか」 白夜は湯飲みを取り上げ……少し泣きそうな笑顔で答えた。 「はい。なっちゃいました……」

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