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第22話

「ちょ、ちょっと……鳥斗お願い。ちょっと休ませて」 息を切らせて人貴が言った。 「またですか?……どうぞ」 「どうぞってお前……そこそうされてて休めるか!あのなあ、今朝からやりっぱなしなんだぞ俺ら!殺す気かよ!?」 「やりっぱなしじゃないですよ?人貴さん、休んでばっかじゃないですか……」 やや不満げに鳥斗が答える。 「休んでばっか!?人聞きの悪い!そ、そんなに弱くないぞ俺!あのなあ、人間……特に男には限界って物が……」 そこまで言った所で鳥斗に唇を塞がれて、人貴は後の文句を飲み込み、思わず目を閉じた。 ああ……こうやってひたすら求められるのも悪くは無いけど……この繁殖期って……一体どれくらい続くんだろう……白夜は長くないって言ってたけど……。 何もかも搾り取られて干からびる前に……終わってくれるといいんだが……もしかして俺、決断、早まったかな……? 「ノロケかそれは?」 龍之は、目だけ動かして向かい側の椅子にぐったり腰掛けている人貴を一瞥し、訊いた。 「そんなわけあるか!相談でしょ……助けを求めてんだよ……」 夜中にコーヒーを淹れるため台所にいた龍之のところにヨロヨロと人貴が現われ、情けない面持ちで、繁殖期が終わるまで体が持ちそうに無い、と泣き付いてきたのだった。 「そんな事相談されたって、俺にはどうしようもないねえ。期待に応えて励むのがオスのつとめってもんでしょ……ん?お前がオスで……いいのかな?」 「そ、そうに決まってんだろ!?メス役なんか俺できないよ!」 「ふむ。それでいいんだろうか?だってあいつらの繁殖期は……本来通り生殖、子孫繁栄のためのものなんでしょ?鳥斗だってその本能に突き動かされてんだろうから、あいつがメス役に回っちゃって、それで満足できるのかな……?」 言われて人貴も考え込む。 「そうなんだよな……他の面では……俺を護ろうとしてたり、あれは多分雄の行動だと思うから……どうもあいつは俺を雌として扱ってるみたいなんだ。でも嘘じゃないよ!?ほんとに俺は……その……」 「そんな言い訳しなくていいよ。じゃあなんだろ、一応気を使ってるんでない?向こうが求愛して応じさせたわけだから、責任感じてそこまでは無理強いできないとか。あいつ変に律儀なとこあるからさ」 「それを言われると……応じた俺にだって、責任はあるんだよな……」 「じゃあやっぱしせいぜい頑張るしかないじゃん。あ~あ、羨ましい悩みだ。俺なんか、そこまで行くのに道のりは遠いんだぜ……まず桜ちゃんがその気になってくれるロマンチックな大人のデートってやつを企画しないとならないんだから……一番苦手なジャンルだっていうのに……」 出来上がったコーヒーをカップに注ぎながら龍之は訊ねた。 「お前も飲むか?精力剤の方が良さそうだけど、あいにく今買い置ききらしてんだよな……最近仕事順調でさ、余裕あるからドリンク剤に頼らなくても済んでるんだ。満ちるのメシのおかげだわ。じゃあ明日調達してきてやるか、オススメを」 「……お気遣いどうも」 廊下から、鳥斗の細い声がする。 「人貴さん……?」 「あ、ほら。可愛い連れ合いに探されてるぞ?」 面白そうに言う龍之を人貴は睨みつける真似をし、台所の前まで迎えに来た鳥斗に手を引かれて出て行った。 翌日の日曜日、龍之はぶらりと買い物に出た。人貴たちは部屋に篭って出てこない。やっぱり精力剤を差し入れてやろう、いくら人貴が俺より若いと言ってもな、連チャンはきつかろう、と考えたからだった。 バスに乗って駅前まで出、ドラッグストアの棚でドリンク剤を物色しながら、龍之は可笑しくなった。 甥っ子の夜の生活のためにこんなもの買い込んでる叔父さんなんて、日本広しと言えども俺ぐらいだろう。……でもさ、一応これも愛情のつもりなんだよ。 白夜が鳥斗に儀式の支度をさせて、俺と満ちるのところに挨拶に寄こしたけど……初々しい着物姿を見て正直……こりゃあ可愛い、と思った。それにあの鮮やかな……婚姻色というやつは、ひどくこちらの視覚を刺激する。生物としての本能を呼び覚まされると言うのか……。 俺はさすがに、血が繋がってると言う抑制が効いたのか押し倒したいとまでは思わなかったが、なぜ人貴が鳥斗を受け入れてしまったかは理解できる。根源的な欲望に完全に身を委ねたら……どんな快楽が待っているか……男なら、誰しも試みてみたいと思うのではないだろうか?いやしかし、スケベを自認してる俺と違って、満ちるはそんな風に流されたりはしないだろう。あいつは特別……ストイックな奴だから。情欲にあっさりうち負かされる者と、理性で己を御せる者とが世の中にはいるのかもしれない――俺は完全に、前者だな。 しかし俺は、鳥斗が幸せだったらそれでいい。ひとまずあいつを満足させるために、人貴の奴を陰ながら支援させていただくとしよう……。 効きそうなものを見繕って買い、龍之はドラッグストアを出た。あたりの店を冷やかし腹ごしらえをした後、バスに揺られて戻ってくると、もう黄昏時だった。 そこここに点在する民家に灯りが点り始めている。広がる田畑。その向こうにそびえる、今は濃紺のシルエットになって夕焼け空に稜線を浮き立たせている山々。東京から少し離れただけで、まだこんなにのどかな眺めが残っているんだなあ、と龍之は少々感激した。都会の猥雑な雰囲気も好きだが、こういう心が洗われるような場所も悪くない。姉さんのいた禽鳥の里も、きっと美しかったろう―― そんなことを考えながら家路をのんびり歩いていた龍之を――いきなり誰かが後ろから羽交い絞めにした――

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