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第23話

龍之は――真っ暗な場所にいた。 なんだよ……どこだ?ここ。 別にどこも痛い所は無い。さっき居た場所から、ただ持ち上げられて、訳がわからないうちに運ばれてきただけのようだ。体の下にはかさかさいう物が敷き詰められて柔らかい。枯葉だろうか?感触からそう思った。やや先に丸く切り取ったように星空が見える。どうやら洞窟か何かの中らしい。ああいやだなあ、と龍之は思った。こういうとこには、何か得体の知れない虫やなんかが潜んでいそうだ。足がうじゃうじゃいっぱいある奴とか……苦手なんだよな、そういうの……天井にコウモリとか下がってないだろうな―― が、辺りは気持ち良く乾いていて気味の悪い生物の類はいないようだ。ややほっとし、そうだ、と気付いて龍之はズボンのポケットに手を入れスマホを引っ張り出した。液晶の灯りが周囲を照らす。そのぼんやりと見える中に――なにか真っ黒な塊がうつし出されて息づいているのを見、龍之は悲鳴を上げた。 「うわ――うわあっ!」 見覚えのある……黒い羽毛の塊に人間の顔を貼り付けたもの。それは――白夜が禽鳥喰い、と呼んでいたものだった。 塊はがさり、と立ち上がるとじりじりと近付いてくる。座り込んだまま龍之は思わず後じさったが、すぐに後ろにつかえて進めなくなった。洞窟は案外狭いようだ。 「ええと……この……こっち来るな!来るんじゃないよ!しっしっ!」 追い払おうと龍之が右手を振り回すと、その手首を――禽鳥喰いは羽毛の中から脚らしいものを素早く伸ばし、鉤爪のついた指でがしっと掴んだ。 「ひっ……!」 悲鳴を飲み込んだ龍之の手を、禽鳥喰いはそのまま引き寄せ、光る目でまじまじと見つめている。やがてわずかに首を傾げ、羽毛の塊の中から、腕らしい細長いものを出現させはじめた。じきにそれがさらに人間の腕に近い形に変化する。 龍之が息を飲んで見ている間に、その腕様のものの先端は――表面を覆う黒い羽毛を吸収するように引っ込め、色も人の肌のものに変えてゆく。 それはやがて五本の指を備えて、すっかり人の掌になった。禽鳥喰いは満足そうに、自分のそれを裏表返し眺めて目を細め、もう一本の腕を形作り始めた。 龍之は腕を掴まれたまま唖然とそれを見つめていた。こいつは――化ける練習をしているのか?俺の手を参考にしているんだろうか――? やがて後から伸ばしたもう一方の腕の先も、すっかり人間の手になったのだが――そこで龍之は気がついた。そのままでは――両方右手になってしまう。 「ええと……あのさ、ちょっとホラ、見て」 龍之は何故だかつい話しかけた。なんだかこの禽鳥喰いは、自分にすぐさま危害を加えることはなさそうだと感じたのだ。 「人間の手って言うのはさ、こうやって……向かい合わせになってるんだよ」 自分の左手を禽鳥喰いの前にかざす。 「わかる?右と左とじゃ指の配置が違うの」 禽鳥喰いは首をかしげて大きな目でそれを眺めていたが、やがて気付いたのか、右手を左手に修正した。龍之は思わず、 「そうそう!上手い!」 と声をあげた。 今では禽鳥喰いは、足指で捕まえていた龍之の腕を放し、自分の両手をまじまじと、満足そうに眺めている。やがてそれに飽きたのか、今度は――人と同じになった両腕をゆっくり伸ばし、龍之の足首を片方握って引き寄せた。 ああ、今度は足が欲しいのか、そう思って龍之は 「ちょっと待て」 と声をかけ、履いていた靴と靴下を脱ぎ、裸足の足を見せてやった。 「あんまり綺麗なもんじゃないけど、まあ指の付き方の参考にはなるだろ?」 禽鳥喰いはしばらくそれをじっと見ていたが、やがて自身の足を同じ形に変化させ、それが済むとぬっと立ち上がった。かなり長身で、天井に頭がつかえてしまうので腰を折り曲げている。龍之がそれを見あげていると、彼は――今その姿は、相変わらず黒い羽毛を身体に纏ってはいるが、人間と言っても差し支えない程度にはなっていた――ひょこひょこと星空が見える穴の入り口へ、かがんだまま不器用に歩いて行った。 「あ、おい!どこ行くんだ?俺は?――置いてくのかよ……」 なんだろう、エサにするつもりではなかったのか?そう思って龍之は四つん這いで彼を追いかけた。穴から顔を出すと、それは洞穴ではなく、大きな木の根元に開いたウロだということがわかった。その巨木の枝を頭上に仰ぎながら龍之は外へ這い出た。星明りの中少し先で、さっきの禽鳥喰いが、自分の手足を物珍しそうに見下ろし、動かしている。そのぎこちない歩き方を見て龍之は言った。 「おいこら。それじゃ足の曲げ方が逆だってば。いやでも……関節までは変えられないのかな……」 彼が振り返ってこちらを見たので、龍之は数歩歩いて見せた。そうしながら自分の膝を指さす。 「ね?ほら、ここ。ここが違うの」 すると彼は微かに身体を震わせ、慎重に、龍之の真似をして歩き始めた。はじめはかなりぎくしゃくしていたが、やがてどうにか人間と同じ動きを見せるようになった。 「よしよし。上手いよ。ええと、それはいいんだけど……ところでここ、どこ?」 言葉が通じるのかわからなかったが、龍之はそう訊ねた。 玄関の引き戸が開く音がしたので、龍之かと思い迎えに出た白夜は、そこに立つ者の姿を見て叫び声をあげた。 「お……お前、黒羽!正面から堂々と――い、一体、なにしに……!」 するとその後ろから龍之が顔を出す。 「あ、ちょ、ちょっと、怒んないでやって!俺をここまで送ってくれたんだ」 黒羽は 「ハクヤ」 と一言呟くと、ずいと進み出、ぶら下げていた買い物袋を白夜の鼻先に突き出した。 「あ!あっとっと。それは……人貴へのお土産だ。お前が白夜にやりたいのはホラ、こっちだろ?」 龍之は袋を黒羽から受け取り、代わりに自分が持っていた山菜の束を渡してやった。 「そっち重いからって、運んでくれてたんだ……」 「一体どういうことなんですか……?」 白夜は唖然としたまま、黒羽が差し出す山菜を受け取った。龍之がにやにやしながら答える。 「だからさ、要するに……こいつはお前が好きなんだとよ……」

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