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第54話

「門倉、荒れてるな・・・」 「え?そうですか?いつも通り、爽やかで落ち着いた感じでしたけど」 門倉の遠ざかっていく背中を見ながら九流がボヤいた。 「あれは相当キテるだろ?帰り際、笑う余力もないみたいだし、最初の笑顔も色々と駄々漏れしそうな感情隠すのに必死ですって感じだっただろ。・・・お前の話聞いて、本当は岩川のこともぶん殴りたいんだろうけど、っつーか、あいつのことだからぶん殴るんだろうけど、裏取りにいったんじゃね?」 「えぇ⁉︎な、殴るんですか⁉︎」 「そりゃ、その噂が真実だったら岩川、死ぬぞ?あいつのお気に入りに手、出したんだから」 気の無い素振りで欠伸と共に告げられざくろは青ざめた。 「白木君がまた岩川先生に仕返しとかされないかな!?心配だな・・・」 「いや、仕返し出来ないぐらい・・・ってまぁ、ほっとけよ。あいが善処するさ」 この話は止めようと、九流がざくろの肩を引き寄せる。だが、ざくろは門倉と同様綾人の事も気にかけていた。 いつも笑顔の天使はニコニコ笑っているが、どこか寂しげで儚げな印象がある。 そして、それは門倉も同じで・・・ 芳しくない表情をしていると、呆れた声がその心の内を晴らす説明をしてくれた。 「門倉のこと気になるんだ?まぁ、いつもニコニコ笑ってるけど、常に腹に一物抱える曲者だからな・・・」 「曲者?」 幼馴染みで親友の九流の評価にざくろは目を瞬かせた。 ベタベタするような仲の良さではないが、互いを知り尽くす頼りにし合う感じはいつもあるのに、そんな風に思っていたのかと驚いた。 「あいつはあんな顔で愛想振りまいてるけど、すっげぇ冷たい冷徹人間だから、あんま関わんなよ」 「冷徹⁉︎」 そんな風には決して見えない門倉の背中をざくろは改めて目で追った。 あの柔和な笑顔で王子様さながらの容姿を持つ門倉と九流は幼稚園からの付き合いだ。 愛想がとても良く人当たりが良い門倉と無愛想で人とじゃれ合うのを嫌う九流が仲良くなるのはとても違和感がある。 だけど、九流の言葉が本当ならば、門倉は仮面を被っているだけで本当は九流と似た者同士なのかもしれないとざくろは思った。 誰からも好かれて誰からも信頼され、誰からも頼りにされる門倉は酷く人間不信で見た目と態度に反してとても慎重でとても冷酷無比な男だと九流は言う。 人の失敗を許すことが出来ない性格の為、人に頼らず人を信頼することが出来ない不憫な人間でもあると付け足された。 そんな門倉の本音に年を重ねると側近達も何かを察して離れていくようで、結果、誰も彼に付いてこれないのだ。 唯一、己のことを己の力のみで善処出来てしまう九流以外。 用意周到で頭の切れる門倉を相棒に持つことはそれ相応のスペックを必要とされた。 人を見る目が昔から厳しいと自他共に認める九流はそんな門倉をすこぶる気に入っていた。 飄々としては緊張感がなく、飽き性で裏表ありまくりの気分屋な男だが、自分に対しては決して裏切らないと示すものをいつも提示してくれているからだ。 それは目には見えないが、九流は確実にそれを感じ取っていた。 一度、親同士の仕事を二人で担ったが、大胆かつ効率の良い計算し尽くされた戦法には感嘆の声も出た。 しかし、それはとてもブラックなもので門倉の強烈なサドスティックな一面が露わになり、驚愕もした。 働くことは苦とも厭わない性格らしいが、人に利用されるのをことごとく毛嫌いする門倉はとても扱いにくい人間だ。 女関係にもとてもドライでクールな門倉は後腐れがない一夜限りの女を選んでいた。 産まれた時から門倉家の嫡男として育てられただけあり、既に許嫁がいる。 家柄、品格、容姿共に最高レベルの女だが、恋に落ちることはなかった。 悲しきことに「子孫を残す」という道具としか見れていないようだ。 そんな男が今年の入学式、恋に落ちたとふざけた戯言をほざいてきた。 ほんの少し熱が入った遊びと思ったが、あの様子だと少し違うのかと思えた。 「まぁ、飽き性のあいつのことだし、ほっとこうぜ・・・。悩むだけ損だ。意味分かんねぇ奴だからな」 ざくろへそう言うと、九流はざくろの肩から腰へ手をズラし、やらしく笑って耳元で部屋へ行こうと囁いた。

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