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第55話

「先生・・・、いますか?」 白の簡素な扉をおざなりのノックと共に開いた綾人は深夜、目を覚まし、親を探しに来た幼い子供のような仕草で扉から顔を覗かせた。 「綾人君‼︎?」 綾人は門倉の部屋を飛び出してから直ぐに外出届けを提出して、寮の外へと駆け出した。 訪れたのは幼い時から通っている小さな病院。 『はやみ心療内科』 綾人の心の病を悪化させないようにいつも支えてくれている主治医、速水 正継(はやみ まさつぐ)を訪ねに来た。 「綾人君?いきなりどうしたの!?」 土曜の診察は午前で終わりの為、病院は閉まっていた。 ただ、幼い頃から特別な諸事情を抱える綾人に速水は病院が閉まっていても好きに出入り出来るように鍵を持たせていた。 その鍵を使って中に入り、大抵いるであろう速水の資料庫を訪れたのだ。 案の定、速水はそこで本に埋もれて鎮座していた。 「突然来て、連絡もなしにごめんなさい!僕、薬が切れちゃって・・・」 申し訳なさそうに理由を言うと、速水は中へ入っておいでと入り口で立ち尽くす綾人へ手招きをする。 その優しい風貌と行動にホッと安堵の息を吐き、綾人は高校入学以来、張り詰めていた気を初めて緩めた。 速水が用意してくれた簡素な椅子に綾人は腰掛けると、冷たいカルピスを氷と共にグラスに淹れて差し出されたものを嬉しいと足をパタパタさせながら受け取った。そして、笑顔でそれを飲み干す。 「もう一杯いる?」 「うん!」 元気に答えると銀の薄いフレームの眼鏡の向こうの瞳が柔らかく細まる。 明るい短髪の茶色の髪と同様、瞳の色も色素が薄い。ひょろりと背が高い速水はラフな服装の上にいつも白衣を着ていた。 優しい風貌と柔らかな口調。そして、配慮の行き届いた言動にここの患者はどれほど救われているのだろう。 綾人もその内の一人だ。 「お薬、切れる前に来なきゃ駄目だよ?っていうか、前処方したのいつ?切れるの早くない?」 パソコンを立ち上げ、綾人のカルテを開いて速水が言うと、綾人は言いにくそうに理由を告げた。 「・・・ま、いにち飲んだから」 「毎日‼︎?」 綾人の言葉に速水はギョッとした。 そんな、様子を返されシュンっと項垂れるとしまったと、直ぐに体制を整える。 「いやいや!責めてるんじゃないよ?ただ、ハイペースだったから驚いただけ。いつもはこんなにたくさん飲まないでしょ?」 「・・・・うん」 「・・・・・」 それ以上は何も言おうとしない綾人に速水は深く追求するのを止めた。 代わりに、症状を聞く。 「頭痛と吐き気は?」 「・・・ある」 「吐いたりした?」 パソコンから顔を上げて、自分を見てくる速水に素直に頷いた。 「どれくらい?」 「・・・ほぼ毎日」 その返答に速水の目が細くなる。 「学校、辛いの?」 「・・・・」 「綾人君?」 「・・・・」 「あ〜や〜と君。聞かせてよ?ね?」 優しい声で根気強く速水は綾人を呼びかけた。 すると、消え入りそうな小さな声が理由を告げた。 「毎日、怖い・・・・」

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