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第63話

朝、8時半。 全校生徒が門倉の声でメインホールへ集まった。 門倉優一と白木綾人の人気投票という超私用内容にも関わらず、生徒の殆どが鬱陶しがる様子もなく投票券片手に群がる。 その殆どにはほぼ名前が既に記載されていて、チラチラ見えるその用紙には「白木綾人」と書き記されていた。 それを目の端で捉えると、ザマーミロと横目にて、隣に立つ門倉を見上げる。 だけど、不利な状況を目前としてるにも関わらず、一向に狼狽える様子を門倉は見せなかった。 それが、無性に綾人の癪に触る。 「白木〜!お前に投票するからな〜」 「俺も!俺も!約束通り投票するよー!」 「俺も天使に一票だ!!!」 「白木綾人」と書いた用紙をはためかせ、大声を上げる男共に綾人は天使スマイルで手を振った。 「じゃあ、投票開始してもいいですか?」 横に立つ門倉へ勝ったと自信満々の顔で聞くと、門倉はマイクを取り出した。 「うん。その前にちょっと、俺も選挙運動させてね」 優美に微笑む門倉はここに来て初めて自分を売り込むようで、その行動に綾人は驚いた。 こんな投票目前で何をする気だと不審な目を向けるなか、門倉はマイクのスイッチを入れると息を大きく吸い込んだ。 「全校生徒諸君!おはよう〜。朝から私情の用事にも関わらず参加してくれること感謝します。ところで、白木 綾人へ投票しようとしている君達に耳寄りの情報をお伝えしたい」 そこまで言うと、門倉はニッと笑って自分を見てくる生徒へ目を配らせた。 「迷わず俺に票を入れろ。確実なメリットをくれてやる!」 その言葉に周りが騒めいた。もちろん、隣に立つ綾人も同様で、一体どういうつもりなのだと睨みつけた。 すると、門倉の長く滑らかな指先が淫靡に揺らぎ、綾人の細い顎を捕らえて唇を重ねた。 「んっ!!!」 びっくりして、綾人は直ぐに体を引いて門倉を押し返したものの、周りのどよめきはさらに大きくなる。 その波に乗るように門倉はマイクを握り直して、再度声高らかにそのメリットを呼びかけた。 「白木 綾人は俺のものだ!この勝負に勝とうが負けようが俺の恋人なわけだが、この投票にて俺が勝てば今宵、綾の部屋でめちゃくちゃにこいつを犯す。見せることはできないが、壁の薄い部屋での声は確実に聞かせてやるって誓ってやるよ」 これでどうだ。と、したり顔で嗤う門倉に会場が異常な静けさを見せた。 が、次の瞬間、熱狂的かつ爆発的な歓喜の声に会場が湧いた。 「まじかぁぁあーーー!!!」 「白木の喘ぎ声聞きてぇぇえーーー!」 「か、門倉!門倉に入れろ!!皆んな、門倉だっ!!!」 先ほどまで自分に入れると言っていた人間が門倉の先ほどの条件に手のひらを返し、「白木」と書き込んでいた票を「門倉」へと書き直していく。 その幾人ものの姿を目の当たりにして、綾人は青い顔になっていった。 「あ、ありえないっ!しない!!するわけないっ!!!」 門倉の胸倉を掴んで、綾人はこれでもかと言うほどの大音量で怒鳴る。 「え?どうして?綾、言ったよね?俺が勝てばどんな仕打ちも受けるって。絶対に逃げないって」 飄々とした口振りで勝負を持ち掛けたあの日のことを言う門倉に綾人は押し黙る。 そんな綾人に意地悪な笑みを浮かべて門倉は付け足した。 「俺、今朝言ったよね?今日、お前の部屋でお前のこと抱くって」 最後は耳元で自分にだけ聞こえるように囁かれ、綾人はカァーっと全身を朱色に染めた。 「い、いやだぁぁぁあぁぁあーーー!絶対ダメッ!!僕が勝つの!!!皆んな、僕に入れなきゃだめぇーーーー!!!」 拳を握りしめ、大粒の涙を流し、大声で叫ぶ綾人を前に投票券を持った男達は門倉の口車に乗せられる。 なぜなら、この会場にいる殆どの男共は一週間、天使に煽られた色情を心根に持つ輩だから。 自分の作成を逆手に取るこんなやり方を考えて、今日までのうのうとしていたのかと綾人は無情にも門倉票が箱の中へ、どんどん入れられていくのを頭を抱えて眺めることしかできなかった。

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