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第74話
金曜日の夜、いつものように恐怖と不安の時間が訪れ、綾人は過呼吸を起こしていた。
ヒューヒュー苦しい呼吸音を奏でる自分の胸元と喉元を押さえては、この果てしない恐怖心と闘う。
いつもはこんな自分を必死に宥め、速水が処方する薬を飲んでから門倉の元へ行っていたのだが、今日は半ば盗んだと言っても過言ではないキツめの薬を銀色の小さな袋から取り出して白い小さな錠剤を一粒飲んだ。
ドッドッドと、早鐘のような心音が徐々にトクトクトクと落ち着きを取り戻し、自分でも驚くほどの平常心を保つことが可能になる。
「凄い、これ・・・」
手の中の薬を見つめて感嘆の声を出す綾人はこれならと顔を笑顔にした。
「こんばんは」
夜の夕飯時の7時に綾人は門倉の部屋へと訪れた。
今日の夕食のメニューはハンバーグ。綾人のリクエストだ。
「いらっしゃい」
優美に微笑む門倉に部屋の中へと誘われ、既にテーブルセットされた席へと着く。
「美味しそう!」
満面の笑顔を見せる綾人に門倉が目の前の席に座った。
「なんか、いいことあった?」
「え?」
「調子良さそうなだから。いつもはガチガチに緊張してるのに凄いリラックスしてる」
いつもの自分との違いを指摘してくる門倉に目を丸くする綾人はあの薬の偉大さを痛感した。
いただきますと、二人で食事を始めてからも綾人はそれを実感する。
いつもはこの後の情事を気にしてあまり食事が喉を通らないのだが、今日は門倉家特製ハンバーグがとっても美味しく完食できた。
「ごちそうさまでした!」
「今日は全部食べれたね。はい。デザートのイチゴのケーキ」
目の前に差し出されたイチゴのショートケーキに綾人の瞳が輝く。
「嬉しい!いただきます!!」
にこにこ笑いながらパクパク食べるその姿に門倉はコーヒーを飲みながら天使の姿を満喫した。
「門倉先輩も食べます?」
「いや、俺は甘いの苦手だから」
フォークに刺したケーキをいらないと首を振って断られ、綾人は足をパタパタさせながら美味しいのにと、返品されたケーキを食べた。
食事を終え、お風呂に入るなどやることを済ませた綾人は所在なさげに壁に背を当てて立つ。
ソファには門倉がいて隣に座るのを躊躇い、だからといって自分からベッドへ乗り込む勇気もない。
「ベッド行く?」
やることをなくして、もじもじしていると、それに気付いた門倉がまだ少し早いけどと、優しく声をかけてきた。
心音が段々大きくなるのを感じたが、薬のせいかいつものように強烈な緊張感や吐き気や頭痛はなく、こくっと小さく頷くと綾人はゆっくりとベッドへ向かった。
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