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第79話
夕刻、綾人を自分の部屋から見送ると門倉は一人、仕事兼勉強用のデスクへと向かった。
革張りの作業椅子に座ると、今日も何処と無く焦った様子の綾人にどこか引っ掛かりを感じている。
ガチガチに緊張してはいつも泣きそうな顔だった綾人が平常心を保って笑ってやってくるようになったのが一ヶ月前。
あまりの空気の違いに驚いたのを今も忘れはしない。それは今週の金曜日もそうだった。
そして、もう一つ・・・
土曜はいつも決まって夕刻には必ず急いで部屋へと戻るということ。
自分との契約上、別に違反はないしいいのだが、やはりどこか虚しい気持ちと忙しない気持ちが生まれてはいた。
「あつい、浮気・・・・」
ふと、今まで考えもしなかった思いが頭の中を掠めて声になった。
日曜日も何処かへふらついてる様子もない綾人ならば、部屋に誰かを連れ込んでいるのかと門倉は考えて席を立つ。
「もし、そうなら許さない・・・。俺を出し抜いて浮気でもしてみろ。ぶっ殺してやるからな・・・・」
眉間に皺を寄せ、忌々しげに舌打ちすると、門倉は自分でも驚くほどの嫉妬心に駆られた。
「優一様、夕食をお持ちしました」
毎週19時に実家より届けられる本日の夕食は綾人の好きなカレーライスだった。
門倉はそれを手に取ると執事を追い返して綾人の部屋へと向かった。
盆の上に2人分の食事を並べ、一緒に食べようと誘いに行く。
もし、部屋に別の男がいれば必ずそいつを殺してやると心に誓った。
逸る気持ちはそれに比例するかのように足早へとなっていく。
綾人の部屋へ着くと、門倉はコンコンっと軽快な音で扉を叩いた。
だが、部屋の向こうからは返事がない。
ドアノブへ手をかけるが、鍵は閉まっている。
そんなことも見越して寮長としての特権であるスペアキーを取り出した。
鍵穴に鍵を差し込むと、施錠を解いて部屋の扉をゆっくりと開いた。
「綾・・・?」
部屋の中は電気がついて明るかった。だが、綾人の姿はなく、いないのかと中へ入った時、トイレから苦しい気な声が聞こえた。
「っ・・・ぁ、はあ・・・ぐぅっ・・」
嫌な予感に手に持っていた夕食の乗った盆をその辺に置くと、門倉はトイレへと走った。
「綾‼︎?」
トイレにてなし崩しのように倒れこむように食べた物を吐いているその姿に門倉は驚愕した。
トイレの水を流し、ゼイゼイ息を切らせては虚ろな瞳で振り返る綾人に背筋に汗が伝う。
「体調、悪いのか⁉︎大丈夫か?」
手を伸ばし、助け起こそうとした瞬間その手を力なく跳ね除けられ、門倉は固まった。
「放っておいて下さい・・・」
蜂蜜色の気の強い目が睨みつけてきて、息を呑む。
「いつものことだから・・・だいじょ・・・うっ、・・ッ、はかっ・・はぁ、はぁ・・・」
脂汗をかき、体を震えさせて綾人はトイレにしがみついて何度も吐き続けた。
異常なまでのその光景に頭を混乱させつつも地へ足をつけて、背中をさすってやる。
「いつものことって、どういうことだ?いつもこんなことになってるのか⁉︎」
言ってる意味が分からないと門倉が質問すると、ヒューヒューと苦しそうな呼吸をしながら綾人は門倉を押しやった。
「放っておいて!先輩には関係ないでしょ?」
「関係なくないだろ!!」
心配心と混乱から怒鳴り声を上げると、綾人は眉を寄せて心底不思議そう言ってきた。
「どうして?ちゃんと金曜と土曜、仕事してるじゃん。先輩に迷惑かけてないでしょ?来週もちゃんとする。だから、もう帰ってください・・・」
今は凄くしんどいんだと、切羽詰まったように門倉から目を逸らしたとき、また吐き気に催されたのか、綾人はトイレに顔を向けて胃の中のものを吐き出した。
尋常じゃない吐き方に門倉はどうしたものかと硬直していたら、顔面蒼白の綾人がトイレの水を流しながら、ふふっと力なく笑って再び振り返った。
「ほんと・・・、大丈夫だから・・、ただの副作用です・・。さっ、行って・・・。気にしないでせんぱ・・・・」
壁に背を預け、小声でそう呟くと綾人は意識を途切らせてしまった。
意識を失ったあとも小刻みに体は震えていて、冷や汗は流れ落ち、明らかに様子はおかしい。
「副作用・・・。どういうことだ?」
全く今の現状を把握仕切れないなか、とりあえず、綾人をどうにかしなければと携帯電話を取り出し、門倉は掛かりつけの医師を寮へと呼び寄せた。
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