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第81話

「・・・んぅ」 ベッドの上で目を覚まし、綾人は見慣れた自分の部屋の天井に安堵の息を吐いた。 瞼が重くて再び瞳を閉じようとしたとき、それを制する声が聞こえ、目を開く。 「起きたなら、水だけでも飲んで」 顔を上げると、そこには門倉がソファの上に座って何かの書類に目を通していた。 そして、近くに置いてあった水の入ったペットボトルを持って近付いてくる。 そっと、そのペットボトルを差し出され、躊躇いはしたが体を起き上がらせると、綾人は会釈しながらペットボトルを受け取った。 「・・・すみません。迷惑かけましたね。今後は気をつけます」 トイレでの一連を思い出したのか、溜息を吐いて謝罪してくる綾人に門倉の厳しい声が飛んだ。 「もう、薬は飲むな」 「・・・」 突然の言葉に綾人は目を見開いて硬直した。 紅茶色の瞳が自分を見下ろす中、薬箱から抜き取ったのか、小さな銀の袋が連なるあの薬を門倉はポケットの中から出すと、綾人の目の前に突き付けた。 「どうして、それ!」 焦ってその薬に手を伸ばすもののスッと躱され、綾人は門倉を睨みつける。 「返してください!」 「駄目だ。お前、速水心療内科に通ってるようだな。症状は何なんだ?」 厳しい目を向けて質問してくる門倉に綾人は困惑した。 何故、自分が速水心療内科の患者なのをこの男が知っているのだろう。また、自分の症状を知って一体どうするつもりなのか。 「・・・僕のこと放っておいてくれませんか?あなたに関係ないでょう」 「まがりなりにも恋人だろ?」 「・・・・・」 ただの暇潰しと性欲の捌け口に使ってるだけなのに物もいいようだなと、綾人は失笑した。 「俺もお前が聞いてくることには答えるから、お前も俺の質問には答えろ。いつから心療内科に通ってるんだ?病名は?今回の薬はそこの医師から処方されたのか?」 詰め寄っては自分のことを根掘り葉掘り漁ろうとする門倉に目の前が暗くなった。 それと同時に自分のみに聞こえる心の扉が大きな音を立てて閉まるのを感じた。 うな垂れるように顔を下げると、綾人は鬱陶しそうに告げた。 「門倉先輩・・・。別れましょう」 綾人の突拍子のない言葉に門倉は虚を突かれる。 「・・・・は?」 何かの聞き間違いかと再度聞こうとした時、綾人が溜息を吐きながら口を開いた。 「なんか、もういいです。疲れちゃった」 嘲笑うように口元を笑みにして額を押さえる綾人に門倉は怒りを押し殺すように言葉をかけた。 「俺より、不特定多数の奴らを選ぶわけ?」 その質問に綾人は下げていた顔を上げて、にこりと微笑み、真正面から門倉と向き合った。 「俺にとって、先輩も不特定多数も一緒ですよ。別に好きな人ってわけでもない。泣いても叫んでも嫌でも抱かれるし、オモチャ扱いだもん」 ハハっと、自虐的に笑う綾人は続ける。 「どうせ性欲処理のオモチャにされるなら少しでも自分に好意を寄せてくれる優しい人がいいですしね。あと、詮索されるのは好きじゃない・・・」 最後は顔から表情を消して言うと、綾人は小さく深呼吸してベッドの上に正座した。 「門倉先輩、今までありがとうございました」 目と目が合ったとき、綾人は門倉へ今までで一番の笑顔を見せ、土下座をするような形できっちりと頭を下げた。

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