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第84話
「門倉・・・」
門倉の登場に辺りは浮かれた雰囲気から一変、ピリピリとした空気に包まれる。
上級生を前にしても門倉は怯むことなく、真っ向から相手と対峙した。
「この子に気安く触るの止めてもらえます?」
形だけの笑顔で門倉が呼びかけると、男は青い顔でまくし立てた。
「なんだよ!お前、白木とは別れたんだろ⁉︎噂になってるぞ!テメェこそ気安くそいつに触んなよ!」
門倉から奪おうと綾人へ手を伸ばしてくる男の手を門倉は容赦なく討ち払った。
「誰がそんなデマ流したのか知らないけど、ケンカしてるだけで別れてませんから」
スッと目を細め、機嫌悪そうにそう告げると門倉は綾人の肩を抱いてその場を離れた。
なんとなく、流れでそのまま門倉の部屋の前まで来てしまった綾人は足を止めた。
そんな綾人は扉を開いて中に入る門倉に頭を下げる。
「あ、あの・・・。助けてくれてありがとう・・・ございました」
「・・・別に。入れば」
素っ気なくそう言うと、少し困惑気味の綾人は躊躇いがちに頷いて部屋へと一歩入った。
物凄くイライラしていたのに、綾人が自ら自分の部屋へと入ったことにそのイラつきが少し払拭されたことに門倉は驚いた。
「・・・何か飲む?って言っても水とコーヒーしかないけど」
冷蔵庫を開いて玄関口に立ち尽くす綾人へ声を掛ける。
「・・・・・いえ」
小さな声で答える綾人に溜息をついて、門倉は自分だけ水を飲んだ。
嫌な空気が流れ、自分でもどうしたらいいのか、どうするべきかのか分からない門倉は困ったなと疲れたように溜息をまた一つ吐く。
それが何かの引き金になったのか、綾人はズカズカと部屋の中へ入ってくるときっちりと着込んだ制服のネクタイを解いて、シャツのボタンを外していった。
「ギ、ギブアンドテイクですよね!分かってます。助けてもらったんですから、文句は言いません」
顔を赤くして、少し震える声でそう告げてくる綾人に門倉は目を丸くした。
そして、スルスル服を脱いでいこうとする綾人に慌てた。
「ま、待て待て待て待て!何、勘違いしてんの?」
そんなこと、別に求めてなどいない
ただ、どうしたら話しが出来るのかを悩んでいたのだ・・・
「・・・しないんですか?」
不安気な瞳が見上げてきて、門倉の心音が乱れた。
「し、ない・・・」
乱れた衣服に上目遣いは目の毒だと視線を反らせる門倉は綾人を避けるようにソファへと移動した。
ドサッと音を立てて腰を落とす。
「・・・・」
「・・・・」
長い沈黙のあと、重苦しい空気感に耐えられないと、綾人が蚊の鳴くような声で呟いた。
「・・・・・お金。持ってきます」
簡単に服を整えると、それならと踵を返す綾人に門倉が大きな声を出した。
「金も要らないから、ちょっと座れ!」
怒号とも取れる迫力にビクッと体を竦ませた綾人はゆっくりと振り返った。
そこには額を押さえて気まずそうな門倉の姿があって、居た堪れない気持ちに苛まれる。
「・・・・・」
「綾、ちょっとこっちに座って・・・」
頼むからと小さな声で言うと、綾人はおずおずと門倉の前の席へと腰を掛けた。
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