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第86話

「あ〜や〜と〜君っ!!」 次の日、約束通り綾人は門倉と外出した。 先に綾人の用事を済ませようと言われ、速水心療内科へ渋々向かった。 まさか、病院へ連れてこられるとは思ってなかった門倉は驚いた。 院内へ入り、主治医と対面するや、速水は綾人を見るなり、優しげな顔を怒りの形相に変えて綾人を叱り始めた。 「薬は⁉︎ちゃんと、返しなさい‼︎」 怒鳴って手を差し出してくる速水に綾人は恐る恐る銀の袋に入った連なるあの薬を差し出した。 「減ってる!飲んだの⁉︎」 目の色を変えて聞いてくる速水に小さく頷いたとき、右頬をむぎゅーっと、力強くつねり上げられた。 「いっ!いひゃいっ!!いひゃいぃーーー!!!」 離してと涙を浮かべて速水の手を引き剥がそうとしたら、左頬も同じくつねり上げられてしまった。 「痛いじゃないでしょ⁉︎これ、飲んじゃダメって言ったよね?それも、結構な量飲んでっ‼︎体は?副作用出たでしょ‼︎」 大きな声で怒鳴る医師に門倉は息を呑んだ。 実はこの速水心療内科は門倉の実の弟が世話になっていた。 弟は物心が付いた時から極度の潔癖症な為に親があらゆる情報を駆使して優秀な医師を探した。 それが、速水だ。 その甲斐あってか、弟の病状はかなり落ち着いてきていて門倉自身、感謝もしているし速水の優秀を認めていた。 なので今回、速水心療内科の名前が出た時、綾人にこのようなキツイ薬を処方したと知った時は本当にヤブなのではと心配したものだった。 結果、綾人の強行手段により許可なく持ち出して勝手に使っていたようだが、あの薬をあのペースで使い続けていれば命の保証はなかったと聞かされ、門倉はゾッとした。 速水から攻撃を免れたあと、痛いと涙を滲ませて両頬に手を当てる綾人はごめんなさいと何度も素直に謝っていた。 それから、体の容態やら日々の生活の報告を速水は求めたのだが、門倉が一緒なこともあり、口籠るその姿に速水は質問をやめた。 薬を一ヶ月分処方して、カルピスを買っておいでと外の自販機へ綾人を追いやると、部屋に残った門倉に速水は挨拶をした。 「お久しぶりですね。優一君」 にっこりと愛想の良い笑顔で名前を呼ばれ、会釈する。 「昨日、弟さんも来たよ」 「そうですか。お世話になってます」 「いえいえ。と、いうより、君が綾人君と繋がってるなんてね」 びっくりしたと、肩を竦める速水に門倉は真顔になった。 「・・・綾の病名はなんなんですか?どんな症状なんです?」 ずっと気になっていた質問を投げかけると速水はにこりと微笑んで口を開いた。 「患者の個人情報は流せない。わかるよね?」 その一言で門倉は退いた。 速水が言うのは最もだし、この医師から口を割らせるのは皆無だと悟ったのだ。 そうこうしていたら綾人はカルピスとお茶とコーヒーを腕に抱えて帰ってきた。 「はい!先生!!あと、先輩も」 二人の飲み物も買ってきた綾人に速水は頭を撫でてお礼を告げる。 それに対し、綾人は無邪気に笑っては医師へと懐く姿を見せた。 速水へ抱きついたり、甘えては冗談も言う。 子供のように膨れたりもしたが、最後は楽しそうに笑顔を見せていた。 相当、この男に心を許している姿を見せつけられて門倉は内心穏やかさをなくしていった。

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