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第89話
強い力で早歩きで引っ張られ、綾人は再び息を切らせながら必死に駆け足をした。
そんなとき、ふと門倉が足を止める。
目の前には大型デパートがそびえ立ち、どうやら門倉はデパートに用事があった事を知った。
中へ入ると、スーッと冷たい冷房の効いた室内に綾人は心地良さを感じた。
「これ、いつまで被ってんの?」
桜田から借りた帽子を取り上げられ、綾人は顔を上げる。
なんだか、ずっと機嫌が悪い門倉に綾人は先ほどから困惑するばかりだ。
「お茶でも飲む?喉乾いた」
髪を掻き上げて言ってくる門倉に綾人はパァッと顔を明るくして桜田が先ほどくれたカルピスの缶ジュースを掲げた。
「あ、あのね!これ、さっき桜田がくれて凄く冷たいんです」
「・・・だから?俺、甘いの嫌いだし折角出てるんだから店に入りたい。綾はそれがいいならそれ飲めば」
冷ややかな視線を向けて、とことん冷たい対応の門倉に綾人は顔を伏せてしまった。
そんな綾人へフォローを入れる事もせず、門倉は足を進めると目の前の小さなカフェへと入る。
それを追いかけていいのかも、もう分からない綾人はデパートが休憩する為に所々配置されている椅子へと座った。
門倉が一度視線を向けてきたので、付いてこないことはもう分かっているはずだ。
カルピス片手に走って疲れた足を休める。
足をぶらぶらさせて、カルピスの封を開けた。
一口飲むと、甘い味とその冷たさにゴクゴクとジュースを飲み干した。
自分でも驚くほど喉が渇いていたのだと知る。
ほんのり物足らなくて、もう少し飲みたいと思ったが自販機を見つけるのも椅子から立ち上がることも億劫で綾人は背凭れに体を預けると高い天井を見上げて一息ついた。
・・・帰りたいな
一人になりたい
門倉先輩、ずっと不機嫌だし
なんだか疲れちゃった・・・
そういえば・・・桜田、懐かしかったなぁ
彼は中学2年の時のクラスメイトで綾人のナイトだった。
紳士で優しくかっこいい桜田は女子に凄くモテていたが恋心を綾人へ寄せていた。
その気持ちを逆手に取って、綾人は桜田を利用していた。
中2から中3へクラスが変わる時、桜田に告白されて綾人が振って二人の関係は絶たれたのだ。
卒業式、声を掛けようとしたが人気の高い桜田は周りにたくさんの友人と別れを惜しんでは賑やかな時間を過ごしていた。
対する自分はあわよくばと自身に絡んでくる輩から逃げるのに必死でそのまま中学を出た。
寮にも入るし、中学三年の時期は廊下ですれ違っても何かの行事で一緒になっても話しかけてすらもらえなかったので、今後会うこともないと思っていた。
だから、こんな偶然に出会って驚いた。
いつも優しい桜田
寄せてくれる暖かな恋心を裏切るように振り回したことをずっと謝りたいと思っていた。
自分が中学、ずっと危険にさらされなかったのは桜田のおかげだ。
中三で疎遠になったが、裏で桜田が牽制をしてくれてたことを綾人は知っていた。
今日、電話をくれると言っていた。
もし、かかって来なければ自分からかけてみようかとぼんやり考える。
例え、迷惑であっても優しい桜田ならそんな雰囲気を出しもせず、話を聞いてくれると思えた。
迷惑そうな素振りが少しでも垣間見たら、直ぐに電話を切ろうと綾人は心に誓った。
まだ門倉はカフェでゆっくりしているのか、出てくる気配はない。
外から様子が伺えて、盗み見るように視線を向けると携帯電話で誰かと話し込んでいた。
なにやら、焦った様子に急用だろうかと思ったが、自分から余計なアクションを取るとまた不機嫌になられるかもと思うとその場に大人しくしてることを綾人は選んだ。
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