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第142話
「綾!綾!!」
ペチペチと頬を叩かれて目を覚ますと、薄暗い部屋で結局冷房を付けずに泣き疲れて眠ってしまったのか、全身汗でビッショリだった。
額や頬に汗で張り付く髪を門倉の大きな手が拭ってくれて、安心したような柔らかな笑顔が目の前に広がる。
「良かった。帰ったら部屋にいないし、携帯も繋がらないから心配しただろ?こっちにいるのかと思ってきたら、電気もクーラーも付けないで何してたの?」
ポケットから取り出されたハンカチで汗を拭われ、綾人は視線を落として小さな声で謝った。
「・・・ごめんなさい」
元気がない綾人に門倉はどうしたのかと顔を曇らせる。
沈黙が流れ、訳を話してくれるのを待つものの綾人が口を開こうとはしないことから門倉は諦めた。
「綾、部屋に戻ろう。ご飯食べようか」
もう7時だと手を引いてくる門倉に綾人は少し困った顔をして、首を横へと振った。
「・・・・今日は食堂で食べる」
小さな声で答える綾人に門倉は眉間に皺を寄せる。
何をこんな風に綾人をしたのか分からなくて頭を悩ませたあと、門倉は分かったと笑って綾人の手を引っ張って立ち上がらせた。
「一緒に学食行こう!俺も今日はそっちで食べるから」
どこまでも自分のペースに合わせようとしてくれる門倉の優しさに綾人は胸が痛んだ。
勝手にしろと放っておいて欲しい。
夏休みも、もうすぐ終わる。
そろそろ部屋に戻って、休み前のスタイルに戻りたいと願った。
金曜日と土曜日の逢瀬だけを楽しみたい。
それが自分には丁度いい線引きに感じたからだ。
側にいれば欲が出て、門倉の心を欲してしまいそうになる独占欲が生まれそうで怖かった。
そうなれば、門倉の不特定多数の「恋人」に嫉妬の念を抱く。
それどころか、もう始まっている2年間のカウントダウンが怖かった。
好きになればなるほど、門倉の卒業が嫌で仕方がない。
身体だけでなく、この心も全て持っていかれた今となってはこの想いが苦しくて仕方ないのだ
関わりたくない
これ以上、振り回さなで
抜けることのできない沼に足が浸かったのを綾人は確実に感じた。
あとは門倉が卒業するまで頭のてっぺんまで浸らないようにもがくだけだ。
溺れる
この男に
完全に堕とされた
優美に微笑む綺麗な顔が自分に影を落とした。
それを涙が溢れそうになるのを必死に堪えて瞳を閉じる。
自分と門倉の唇が重なる瞬間、昼間に見た門倉が他の子のキスをした姿が瞼に蘇った。
好きなら我慢しなくてはいけない
浮気は契約上、禁止ではない
むしろ、浮気相手は自分かもしれないのだ
泣き出しそうになる顔を隠したくて綾人は唇を離すと、門倉の胸元へ顔を押し当てた。
それを甘えているのかと優しく抱きしめ返してくる腕にまた綾人の心が締め付けられた。
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