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第160話

「モノよりワガママきいて?」 「我儘?なに?いいよ。何でも聞いてあげる」 優しい笑顔で了承してくる門倉に綾人は思い切ってその願いを口にした。 「卒業するまで、僕以外の人とキスしないで・・・」 それ以上のことは縛らない 門倉だって、外で遊びたいときだってあるはずだから ただ、キスだけは自分だけに留めて欲しいと思った。 「え?」 予想外の要求に門倉が目を見開いて驚いた。 「駄目?」 「え・・・と、いや、いいけど。また、どうしたの?」 「・・・・門倉先輩が他の子としてるの見たから」 言うか言わまいか悩んだが、綾人は思い切ってあのキス現場のことを告げた。 途端、門倉はピシリと固まり青ざめた。 「いや、あの・・・。あれは特に深い意味はなくて・・・」 しどろもどろになる門倉に綾人が視線を伏せた。 「浮気相手でしょ?別に浮気は契約違反じゃないから。だから気にしてないよ」 「浮気!?ちょっと、待って!たかがキス・・・」 ムキになって声を荒げたとき、綾人の瞳が自分を射抜いた。そのことによって門倉は自分が今現在、みっともなくも慌てふためいていることを認識した。 これではダメだと、言葉を切って心を落ち着けると早鐘の如く鳴り響く心臓に見合わない優美な笑顔を綾人へと向けた。 「綾ちゃん、あんなのキスって言わないよ?口と口がぶつかっただけ。たかがそんな事にいちいち気にかけるなんてやめてよ」 クイっと綾人の顎を人差し指で持ち上げると門倉はチュッと、綾人の唇を掠め取る。 「俺が好きなのは綾だけ。好きって想いを持たないキスはキスじゃない。綾ちゃんには少し難しいかな?」 クスっと笑われて綾人は自分の考えが幼かったのかと顔を赤くして認識不足を恥じた。 だけど、嫌なものはやっぱり嫌で・・・ 「・・・でも、僕・・・・」 キスはやめて欲しいと口を開いたとき、唇の前に人差し指を押し当てられて言葉を封じられた。 「分かった。これからは綾以外とはキスしない。約束するよ。・・・だから、あんまりしつこく言わないで。そういうの面倒くさい」 叩けば大量に埃が出る自分の恋愛遍歴にこれ以上、詮索されたら厄介だと門倉は厳しい言葉と口調で綾人を突っぱねた。 「・・・・ごめんなさい」 嫌われたくない気持ちから綾人は小さな声で謝罪した。 しつこい束縛を嫌がる門倉の性格をまた一つ知ったと綾人は心に刻む。 自分の意図は汲んでもらえず悲しかったが、もうしないという門倉の言葉に綾人は心を落ち着かせた。 今後、門倉はもしかしたらこの約束を反故するかもしれない。 だけど、もうこの件については口にする事はやめようと思った。 口約束だけでもこうして自分を優先してくれたことに感謝した。 暇潰しの二年間の恋人なのだ これ以上、求めるのは欲張りだと思った。 そっと、綾人は視線を窓の外に向けて夜空を飾る火花が散る光を見上げた。 この苦しさもいつか消えるだろう この人が卒業して、僕を忘れて、僕が壊れるとき、無にかえる。 そう思うと、この感情も宝物だと綾人は微笑んだ。 一方、門倉はとりあえず、押し黙らすことに成功したと心の中で安堵の息を漏らしていた。 そして、ちらりと綾人を横目で確認して、反省する。 高校へ入る前から何かと女遊びに興じていた自分は自他共に認める遊び人だ。 この学園に入ってからも男こそ手は出さなかったが、女の子とは毎週遊び歩いていたのも事実。 今年、寮長になって、綾人との関係を持ったことから新一年生、在校生共に我こそもと喧嘩だの、虐めだの、ホームシックだのと騒ぎ立てる相談が続いた。 時間を割いて話を聞いていてもラチがあかなくて、一発で黙って去らせる方法が抱きしめたりキスをする事だったのだが、まさかそれを綾人に見られていたのは大きな誤算で驚いた。 別れると言われなかったことに心底安堵したのだが、最近様子がおかしかったのはこのせいかと合点がいった門倉は溜息を小さく漏らした。 この方法が少なからず、綾人を苦しめたのなら話は別だと今後の対策に頭を悩ませる門倉だったが、実はこの間違った知識を綾人へ教え込んだことを後になって、後悔する日がくることを彼はまだ知らない。 ー 想いが伴わないキスはキスではない。ただ、口と口がぶつかっただけ ー 門倉さん。あなたが言ったんです。 責任取ってください。 泣け!門倉!! 第一章 終わり

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