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第178話
「・・・・なんだか、疲れちゃった」
ペンギンのぬいぐるみを見つめて淡く微笑んで告げると、門倉はにっこり笑って誘ってきた。
「ホテル行く?」
「・・・・」
本当にこ慣れた門倉に笑ってしまう。ショックが大き過ぎたのか、頭の中が真っ白になった。
この男はいつもこうして女の子を誘っているのだろう。
そんな門倉を垣間見て、その他大勢の女の子達と同じ扱いを受けていた事実を再確認し、胸が痛んだ。
怒っても喧嘩しても、できる事なら素の門倉と過ごしたかった。
女の子がいいならそれでもいい。
それでも、今日は我慢してでも自分に付き合っているんだと言われても良かった。
他の女の子のように感情を殺して付き合われる事の方が惨めだと思った。
「・・・・僕、帰ります。また、金曜日」
自分じゃなくてもいいなら一緒にいたくない
優しくされるたびにその紅茶色に写るのが誰なのか探りそうで怖かった。
やっぱりデートなんてするものじゃないなと、席を立ったとき、門倉が手を握ってきて綾人は泣きそうな顔で笑った。
「やっぱり、先輩とは寮のなかだけで会いたいな。ホテルはまた今度に」
心を悟られないように完璧な顔で笑ってやる。
これで心置きなく今から女とホテルに行けるでしょ?
僕にはやっぱり金曜と土曜の寮での逢瀬だけで十分だ。
それが、先輩を独り占めできる特権だから
外の世界は敵が多すぎて敵わない
綺麗で可愛い女の子がこの人の視線を奪うのを見ていて苦しかった
このまま居ると涙が流れそうで、それを見られるのが嫌で綾人は門倉の手を振り払い、店を走って出て行った。
カフェの外へ出て少し歩くと涙が知らず内に溢れて、泣き顔を門倉に見られなかったと安堵の息を吐いた。
「泣いてるの?どーしたの?」
ペンギンのぬいぐるみを抱きしめて俯きながら泣いていたら一人の男に声を掛けられ、顔を上げると、可愛い子だと目を輝かせて肩を抱かれる。
いつものナンパかと、視線を落とすと男は抵抗しない綾人に脈ありだと感じたのか、そのまま肩を引き寄せてきた。
「彼氏と喧嘩?良かったら話聞くよ?慰めてあげる」
下心のみえる言葉と手付きに鳥肌が立ったが、綾人はペンギンを見て思ってしまった。
自分も一層、浮気したら楽になるのだろうか?
浮気は禁止ではない。
こんなに苦しくて門倉に執着するのは自分の全てが門倉しか知らないからかもしれない。
そう思うと、このナンパ男にも少し興味を持てた。
顔を上げて涙で濡れた瞳を向けると、男は何に興奮したのか、肩を抱く手に力を込めて乱暴に歩くように体を押してきた。
少し怖いけど、これも経験なのかもしれない
これ以上、あの男に囚われる方が嫌だと思った。
ペンギンのぬいぐるみへ再び目を落とすと、綾人は考えることを放棄して、近くのゴミ箱へぬいぐるみを投げ捨てた。
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