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第179話
「綾!」
追いかけてきたのか、門倉の声が後ろから聞こえて綾人はゆっくり振り返った。
すると、怒りの形相で睨みつけては近付いてくる門倉は男の手を捻り上げて突き飛ばした後、自分の頬をパシンッと叩いた。
だが、そんな事に怒りも悲しみも何も感じることはない。
それ程、自分の心が門倉に対して閉じかけてるのが分かって、綾人は苦笑した。
ナンパ男はそんな二人の修羅場に巻き込まれまいと焦って退散してしまい、綾人は残念だとその背中を見送った。そして、そのまま門倉へ視線を向ける。
有難いことに涙は止まっていて、代わりに笑顔を作った。
「好みの子、いなかったんですか?」
「・・・・」
「ほら!あの子なんてどうです?門倉先輩の好みかな?」
ぐるりと辺りを見回して女の子探しを手伝ってやると、門倉に腕を掴まれた。強過ぎる力に痛みを感じたが、口を閉ざして綾人は黙って引っ張られるまま連行された。
着いた先は安っぽいラブホテルで失笑する。
・・・まぁ、いっか
小さく溜息を吐いて、そのままホテルの一室に入る。
薄明かりの最も的な雰囲気を醸し出す空間に、部屋のど真ん中に置かれた大きなベッドを前に綾人は初めてラブホテルに入ったと無邪気に笑った。
「ラブホテルってこんなのなんですねー!僕、初めてだから、面白いな!門倉先輩はデートコース後はこんな感じなんですか?もしかして、ここ行きつけ?」
あははと笑いながらベッドへ腰掛けて聞く。
少し、嫌味ったらしかったかと心に過ぎったが、それがどうしたと綾人は満面の笑顔を向けて服を脱ぎ始めた。
「ヤることヤらなきゃ、優しくし損だよね。今日はちゃんと付き合います」
門倉のことだ。今までの経験上、狙った獲物は全て獲得してきたのであろう。
優しく甘くスマートな王子様とのデートを飾るのはスイートな夜だ。
それが、心を殺して接した門倉なりのご褒美なのだと思うと、その労力を無にさせるのは申し訳なくも感じた。
ここまできたら、門倉の女を最後まで落とす手腕を体験してやろうと綾人は腹を決めた。
「シャワー浴びてきます」
ベッドを立ち上がった瞬間、強い力で思い切り肩を跳ね飛ばされ、その反動でベッドへ倒れ込んでしまい、綾人は目を瞬かせた。
「な、なに?」
乱暴な門倉に不安な声をかけると、腰に馬乗りになって髪を鷲掴まれ、かつてない程の低い重低音に凄まれた。
「お前、一体なんなわけ?どうしたいの?俺のこと、バカにしてんの?」
「・・・・」
「優しくしたらつけ上がりやがって。図に乗るな!何度、他の野郎に着いて行こうとすれば、気が済むんだ?」
ギリッと奥歯を噛み締め、吐き捨てるように言ってくる門倉に綾人は息を呑んだ。
冷たい紅茶色の瞳に泣き出しそうな自分の顔が映し出されていて、心が荒れた。
今日の出来事が走馬灯のように思い出され、門倉の態度に一喜一憂する無様な自分が蘇る。
涙が流れ、同時に怒りが込み上がって綾人は自分の髪を掴む門倉の手を払うと、胸倉を掴んで引き寄せた。
「僕のことバカにしてるのはあんたの方だろ!?女とイチャついて、それを僕に見せつけて一体どうしたいわけ⁉︎優しくしたら?何、言ってんの?その辺の女と同じ扱いしてきただけのくせに!こうしてホテルに持ち込みたいから、自分の為にした努力なんでしょ!?ヤればいいじゃん!ちゃんと付き合いますって僕、言ったよね!?優しくした労力分、僕の体に支払わせたらいいよ!だけど・・・」
そこまで一気にまくし立てると、綾人は門倉を睨みつけながら言い放った。
「今後一切、僕には優しくしないで!」
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