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第181話

「綺麗ーーー!!!」 門倉に連れてこられたのはまさかの海だった。 タクシーで数十分間走らせた場所にある小さな海岸なのだが、澄んだ青い海が美しい。 時間的に日が沈み始めて、夕焼け空が赤く染まりこれがまた絶景だった。 季節的にも人は少なくて、二人は砂浜を歩いた。 「あ!貝殻がある!!」 小さな貝殻を見つけたと喜ぶ綾人はしゃがみ込んで沢山の貝殻を拾った。 「見て!凄い可愛い!!これ、玄関のところに飾ろう」 こういった小物類を集めるのが好きな綾人は嬉しそうに貝殻をハンカチに包んだ。 そんなはしゃぐ綾人を前に門倉も自然と笑顔になる。 いつも、気持ちが荒ぶったり落ち込んだりした時に一人で来ては心を落ち着かせている特別な場所なのだが、綾人とくると印象が変わってとても明るく楽しい場所になるのかとおかしかった。 「綾は元気だね」 貝殻集めに飽きたら今度は砂で山を作り始めた綾人に門倉も一緒にしゃがみ込んで砂を弄る。 「砂、すっごくサラサラですね!触ってて気持ちいい!」 幾度となくここへは来たがそんな風に思ったことはない。砂に触った経験もあったが、無感動しかなかったので今日、始めて意識して砂を触り、綾人の言葉に感激した。 「本当だ・・・」 一人の時と綾人といる時とでは同じ場所でも視点が変わると嬉しい気持ちになる。 「綾ちゃん、日が沈むね。夕焼け綺麗だよ」 顔を上げて海へ消えていく太陽を指差すと、綾人はほんの少し寂しそうに笑った。 それを見て門倉は綾人の手を握り締めて体を引き寄せる。 「今度はもっと明るいうちに来よう?昼間も凄く綺麗なんだよ」 「うん・・・。綺麗そう・・」 えへへと無邪気な笑顔を見せる綾人に門倉がキスをした。 あまりにも自然で綾人はほんのり頬を赤らめて俯いてしまう。 「いつもここには一人で来るけど、今度からは綾と来たいな・・・」 一人できたら、寂しさに襲われそうな気がして門倉は砂の付いたままの手で綾人の肩を抱いた。そのまま浜辺に並んで座ると、沈む夕日を眺めた。 「僕もまた来たいです・・・」 特別な場所へ連れてきてもらったのだと、何となく感じた綾人は嬉しさに胸を満たしていた。 夕日の美しさが目に染みて、門倉を見つめる。 赤い日差しが門倉の美貌を照らしてドキドキした。 本当に絵になる人だと感心すると同時に溜息が漏れる。 今日は喧嘩もした。 苦しくてたくさん泣いたけど、こうして海へ連れて来ては美しい景色を見せてくれた門倉に感謝した。 時間が止まればいい そう思うのに、無情にも時は進んで日は呆気なく沈んでしまう。 完全に暗くなる前にと門倉は浜辺を立ち上がると、綾人の手を引っ張って起き上がらせた。 「綾ちゃん、美味しいもの食べに行こう」 優しい笑顔で夕飯に誘われ、綾人は大きく首を縦に振った。

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