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第193話
地獄の体育祭を終え、門倉と綾人は疲れ切った体を引き摺るように寮へ帰った。
羞恥やらプライドやらその他、諸々を今日一日で全てもぎ取られた気分だ。
「つ、疲れた・・・。もう寝たい」
挨拶もそこそこに綾人は心身共に疲れたと自分の部屋へと戻る。
あの障害物競争の名残でまだ体が汚れている気がしてベッドへ入れない綾人は疲れた体を引っ張って、シャワーを浴びに向かった。
頭から温かなシャワーを浴びながら、あの簡易風呂での出来事を思い出す。
荒々しくも暴行を加えて、扉を開こうとした人間が自分を襲おうとしたのだ。
誰にも言わなかったが、綾人の心に大きな恐怖の傷痕を残した。
明らかに一人になるのを狙い、自分の入った個室を叩いた。そして、誰かが来たら逃げるように去って行ったのだ。
この学園の者なら注意が必要だと気を引き締める。
最近は門倉に守られていて安心しきっていた。
門倉の名声はとてつもない威力を放つが、それを出し抜いてこようとする人間も少なからずいる事を今日学んだ。
「やっぱり、自分の身は自分で守らないと・・・」
顔を上げ、シャワーの水を全身に浴びて新たな意気込みを呟いた。
その夜、疲弊した体は脱衣所から上がると吸い込まれるようにベッドへと体を沈んだ。
嗅ぎ慣れた自分の匂いの布団に安堵して、自然と瞼が閉じ、夕食をとる事も忘れてそのまま綾人は眠りについた。
「おはよー!ざくろ」
次の日、しっかり睡眠を取って元気になった綾人は大きな声で友人に挨拶をした。
「・・・おはよう。綾は元気だね」
「うん!昨日、すっごい寝たから!ざくろは・・・、やつれた?」
生気を吸い取られたのかと言うほど覇気がないざくろに綾人は目をキョトンとさせた。
ほんのり、赤い顔をして逸らす友人に疑問を感じたが綾人は特に話題に触れる事をせず、一緒に教室へと向かった。
ざくろと他愛ない話をしていたら綾人は後ろから担任に呼び止められた。
「白木!」
「・・・はい」
足を止めて振り返り、返事をすると担任は良かったと出て来たばかりの職員室へ引っ込む。そして、白い封筒を持って駆け寄ってきた。
「今日の朝一に学園のポストに投函されてたんだ。差出人は不明なんだが、お前の名前が書かれてた。友人や親戚ならちゃんと寮のポストへ送るよう言っておきなさい」
手渡された白の封筒を受け取りながら綾人は頭を下げた。
自分は学園外に友人と呼べる人間はとても少なくて、親戚とも元々疎遠気味だ。というより、あの門倉との一件で縁切り状態なのだ。
あの修羅場を迎えたあと、自分の知らない所で門倉がどうやら動いたらしい。
従兄弟によって撮られた過去の恥ずかしい写真や動画も処分してくれたようで、今後は自分に関わるなと宏樹だけでなくその親にも警告してくれたようだ。
なんだかんだと異質な執着心を見せてきた人達だったのだが、門倉がどんな魔法を使ったのか、何一つ文句も言わずにあの親戚は黙って身を引いた。
そんなことから、自分にこの様に学校にわざわざ手紙を送り付けてくるような人物が思い当たらなかった。
疑問だらけの謎の封筒ではあったが、担任が言うようにそれには自分の名前が記されている。
仕方ないと、鞄の中へ封筒を直すと、綾人は教師へ一礼してざくろと再び教室へと向かった。
どうせいつものラブレターだろうとその時の綾人は軽く考えていた。
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