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第204話

門倉が会計を済ませる間に綾人はタクシーを捕まえる為に外へ出た。 人も車の通りも多い場所で助かるなと空車と表示されたタクシーへ右手を上げる。 直ぐに目の前にタクシーが止まり、後部座席の扉が開かれた。 「連れが来るので、もう少し待ってください」 運転手へ告げると、綾人は外に立って門倉を待った。 日は完全に落ちて外は真っ暗な夜だ。 ただ、街が明る過ぎて気分は向上した。 歩道脇に立ってぐるりと一周景色を見渡した。あまり夜出歩かないだけに物珍しくて仕方ない。 その時、ノロノロと近付いてくる黒のボックスカーが目の端に止まった。 何気無しに顔を向けたとき、運転席の男と目が合う。 同時に心臓がドクンッと、大きなさざ波を起こして金縛りにあったのではないかと身動き取れなくなった。 「う・・・うそっ・・」 男は綾人が自分に気付くや、ニヤリと嗤ってアクセルを踏み込んだ。 一気に加速する車は自分目掛けて突っ込んでくるそれに息を呑み、体を竦めた。 「綾人っ!!!」 大きな声が轟き、地面を蹴った門倉が綾人を腕に抱き締めた。それと同時に大きなブレーキ音を鳴らす車は門倉と接触した。 自分を包む体が吹き飛ぶ中、力を込めて腕の中の自身を守る強さを綾人は感じた。 次に気が付いたとき、自分は地面へ座り込んで、側では門倉が倒れていた。 門倉の額が赤くて、震える手でそれが何なのか確かめようと手を伸ばした。 ぬるりとした生温かい感触と真っ赤な血が付いた自身の手に綾人の視界がぐにゃりと歪む。 そのまま、自分を守った男を見下ろし、頭から血が流れて、意識を失った門倉に綾人は過呼吸に陥った。そして、そのままトラウマが一気にフラッシュバックする。 「ぁ・・・っ、せ、せんぱ・・・」 恐怖と大き過ぎるショックから涙は出なかった。代わりに頭の奥の方でピシピシとガラスに亀裂が走るような音が響いた。 大きく震える手で門倉の肩を揺すってパクパク口を開け閉めする。 言葉がでなくて、息もできない お母さん・・・ 幼いときの血塗れの母親が目の前に蘇る そして、あの車を運転していた男の事を走馬灯のように頭の中が巡った。 「・・・あや・・・・っ・・」 掠れる声で名前を呼ばれ、門倉の手が綾人の頬を撫でて少し、現実に引き戻された。 無事でよかったと微笑む門倉に綾人の感情が、思考が、心の全てがカチリと音を立て、この時、この瞬間、彼の全てを崩して壊す時間が動き始めた。

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