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第206話
門倉が車と接触したと連絡を受け、門倉家は大騒ぎになっていた。
門倉家当主である門倉の父親、幸雄(ゆきお)と二つ年下の弟の咲也(さくや)が血相を変えて病院へ駆け付けた。
その時、咲也の主治医でもある速水と鉢合わせになり、幸雄と咲也は挨拶をする。
「先生、ご無沙汰しています。いつも愚息がお世話になって・・・」
幸雄が深々と頭を下げる横で咲也も習って礼をした。
車と接触する経緯を速水は知る限りの事を幸雄達に伝えた。
そして、揃って門倉のいる病室へと入る。
「あれ!父さん。それに、咲也も!」
ベッドの上で座って、本を読んでいた門倉は頭に包帯を巻いているだけでピンピンしていた。
「兄様っ!!」
半泣きだった顔からダーっと滝の如く涙を流して弟の咲也は兄へとダイブするように抱き着いた。
「体は大丈夫なんですか!?検査は受けましたか?結果は?何処も痛くはありませんか!?」
ボロボロ涙を流しては兄の容態を気にかける咲也に門倉は苦笑した。
「少し、頭の皮膚を切っただけだ。それ以外、何もないよ」
弟と父へ向けて言うと、二人は安堵の息を吐いた。
その時、部屋の扉がノックされる。返事をすると息を切らせて珍しく焦った姿を見せたのは幼馴染みであり、親友の九流とその恋人のざくろだった。
どうやら、実家へ連絡が入ったと同時に寮へも連絡が入ったらしく、その事を聞きつけた九流とざくろは心配心から病院へと駆け付けてくれたようだ。
弟の咲也同様、容態を気にする二人に精密検査の結果、異常はなかったと伝えた。更に、明日には退院できるとも口添えする。
「ちゃんと、受け身取ったつもりだったんだけど甘かったみたいだな」
あははと呑気に笑う門倉に九流とざくろが脱力した。
「何事もなく良かったです。で?綾は?綾も大丈夫なんですよね?」
ざくろが聞くと、門倉はにっこり笑って頷いた。
「綾も検査受けて、無傷だって看護婦から聞いたよ。何処かの病室で寝てるんじゃないかな?俺もまだ会えてないんだ」
少し、やきもきする空気感を感じさせる門倉は恐らく綾人に会いたくて仕方ないのだろう。
その思いが伝わったのか、部屋の隅で佇んでいた速水が一歩前へ出た。
「優一君、体に問題ないようで良かった。あのね、綾人君のことなんだけど・・・」
優しい笑顔の次に少し口篭る速水に門倉の顔が曇った。
「綾がなに?怪我でもしたのか!?」
身を乗り出して神妙な顔付きになる門倉に速水は周りを見て何処まで話すべきかを思案した。
一患者の個人情報をベラベラ吹聴するのはマナー違反だ。
視線を伏せると、それを察したのか門倉の父親の幸雄が口を開いた。
「先生が咲也だけでなく、優一とも繋がりがあったとは存知ませんでした」
門倉家次男の咲也は物心がついた時から極度の潔癖症だった。
何故か、兄の優一には触れられたようだが、その他は全く駄目で幼い頃からはやみ心療内科を受診していた。その甲斐あって、今ではなんだかんだと人並みの生活を送れている。
そこまで次男を改善してくれた速水に親である幸雄は頭が上がらない。
「優一君の知り合いのカウンセラーをしてまして・・・。少し状態が悪かったので話を聞きたかったんですが、手遅れでした」
残念だと微笑む速水に門倉の眉間に皺が寄る。
「手遅れ!?綾に何かあったのか!?」
布団を剥いで、ベッドから降りようとする門倉に速水は悲しそうに微笑んだ。
「・・・綾人君はちょっと特殊でね。昔の事件でトラウマが酷くて、あまり無理をすると人格破綻が起こるんだよ。最近は調子も良かったようだけど、今回のこの事故でフラッシュバックが起こったようだ。ついさっきリセットしてしまった」
淡々と説明する速水に門倉の思考がついていかない。
「とても、残念だ」
悲しく微笑む速水に門倉は何か強いもので頭を思い切り殴られたような錯覚に陥った。
全く持って何を言われているのか分からない。
綾人のトラウマ?事件?
リセット?
こんがらがる頭が痛みを伴い、どうか分かるように説明してくれと、門倉は速水へ視線を向けた。
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