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第208話
「綾に会えますか?」
とりあえず、会いたいと門倉が言うと速水の顔付きが厳しいものへと変わった。
「さっきも言ったけど、面白半分で手を出して欲しくない」
「本気で向き合うから会わせて下さい」
「・・・卒業しても向き合っていられるのかい?」
速水の先を見据えた質問に門倉は眉間に皺を寄せた。
速水自身、門倉家嫡男の重圧の大きさに認識があった。この世の治世を担う将来の人間なのだ。若き故の失敗は許されない。
「ここらが引き際じゃないかな?もう、あの子に関わるのは止めなさい」
笑わない瞳を向けて諭され、門倉は口を閉ざす。
イエスと答えなければならない局面に立たされているのは分かる。
だが、その台詞をどうしても声にする事ができなかった。
瞳を閉じると、綾人の姿が思い浮かんだ。
大人になろうと必死にもがく綾人はいつもどこか寂しそうに遠くを見つめていた。
子供のように無邪気に笑っては自分を振り回し、泣いて喚いて怒鳴って自分の中へ踏み込んでくる。
こっちが、一歩踏み出せばそれに怯えて後退する脆さが愛おしかった。
親戚の件でも思ったが、速水の話を聞いて彼がどれ程の心の傷を負ったのかと涙が浮かぶ。
まだ小学生だ・・・
純真無垢な何も知らない時に訳の分からない男に狙われ、目の前で両親を殺された。
不安定な心を砕けさせるかのような親戚からの仕打ち。
心の闇は大きくて、心の傷はあまりにも深くて、綾人を思えば思うほど、その悲しみが胸を打った。
「今は応えられない・・・。あんたが言うように卒業後はどうなるか分からない。だけど・・・」
流れた涙を乱暴に拭うと、門倉は速水を真っ直ぐ見つめて頼んだ。
「綾人に会わせて下さい。俺の持てる全てで守れる限り、あいつを守ってやりたいんです」
そこまで言うと、門倉は深く頭を下げた。
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