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第229話

無駄な抵抗と知りつつも何もしないでいることは出来なくて、綾人はカチャカチャとダイヤル式の南京錠を弄っていた。 4桁のダイヤルを地道にゼロから順に合わせていく。 この部屋に時計が無い為、どれ位の時間それをしていたか分からないが、突如扉が開かれた。 ビクッと体を竦めて南京錠から手を離し、目を向けると、そこにはニタリと嗤う加賀美が立っていた。 「目が覚めたんだね。おはよう。気分はどうだい?」 世間一般では加賀美の容貌は美しいのかもしれない。だが、綾人の目には奇怪なモンスター、はたまた悪魔にしか見えなくて気味が悪かった。 「お腹は空いてる?夕食がもう直ぐだから、我慢出来ないなら大好きなイチゴでも食べるかい?」 上機嫌な加賀美は手に持っていた皿に盛られた苺を綾人へ見せた。 訝しむ顔で首を左右に振って拒否すると、加賀美がカツカツと靴を鳴らして近付いてくる。 「汚れてる。吐いちゃったの?」 先ほど、嘔吐した時に汚してしまったシーツと服を言われ、身を縮こませると加賀美は優しく笑って南京錠を開けた。 「気持ち悪かったんだね。お風呂に入って綺麗にしてあげる。おいで」 鳥籠の扉が開かれ、加賀美が中へと入ってきて綾人は顔を青くしてベッドの一番端まで急いで逃げた。 自然とガタガタと大きく体が震えて過呼吸を引き起こし、再び嘔吐する。 その姿をジッと冷めた目で見下ろしてくる加賀美と目が合うと、ニコリと微笑まれた。 「さぁ。おいで。何度吐いても綺麗にしてあげる。怖いのなんて、ずっと側にいれば慣れるさ」 ベッドの上を這って近付き、綾人の右足首を掴むと強い力で一気に引きずり寄せられた。 「イ、イヤァァア!!触るなっ!!」 空いている左足で加賀美を蹴ると、スッと避けられて代わりに綾人の体を反転させて腰を抱えてお尻をバシンッと叩かれた。 「ヒッ!」 小さな子供にするような罰せ方と、痛みに身を竦めて悲鳴をあげる綾人に冷たい声が背中へ落ちてくる。 「ご主人様を蹴るなんて悪い天使だ。ちゃんと謝りなさい」 パシッとまた手の平が綾人の尻を叩く。 痛みと羞恥に綾人は身を硬くしては涙を浮かべて即座に謝罪をした。 「ご、ごめんなさいっ!」 その言葉に加賀美はピタリと叩く手を止めて綾人を解放した。 怖いと体を庇うようにベッドの上で丸くなる綾人に加賀美は優しい声をかけながらあやす様に背中を撫でた。 「いい子だね。流石、俺の天使だ。素直な君は本当に愛らしいよ・・・」 愛でる様に囁かれる言葉と撫でる様な手に綾人はピシピシと自分の中の何かが壊れて崩れる感覚に陥った。 加賀美を前に、ただ怖いという感情が自分を支配し、何も考えることが出来ない。 ヒューヒュー喉を鳴らして、苦しいと胸元を押さえ三度目の嘔吐をする。 三度連続嘔吐することは、綾人の中での危険信号だ。 目の前が真っ暗になり、意識が混濁した。 目を閉じ、真っ暗な闇へ堕ちる感覚に抗うことも出来ず、そのまま綾人は再び意識を手放した。

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