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第232話
食欲は無かったが、食べなければ罰を与えると脅されて綾人は震える手でほんの少し用意されたオムライスを食べた。
大好きなメニューがこれで一気に恐怖の食べ物へと変わった。
3口程でもう無理だとギブアップすると、加賀美に苺を差し出された。
食べたくなくて首を横へ振ると、ぐしゃりと苺を掌で潰されて睨みつけられる。
直ぐに機嫌を取るように差し出された苺を一粒食べる。
一番好きだった食べ物の筈なのに、味がしなくて苦しかった。
甘酸っぱい筈のサラサラした果汁がドロドロの泥水のように感じて喉を通すのに吐き気が催した。
一個食べるのが関の山で、綾人は許して下さいと加賀美に懇願した。
もう少し食べて欲しそうだったが、仕方ないと加賀美は渋々、盆を下げてくれた。
加賀美が部屋から消えると綾人は心から安堵する。
鳥籠の中は鍵が掛かっている限り加賀美は入って来ない。
皮肉な事に綾人はこの鳥籠の中が一番安心する場所へとなっていた。
白の柔らかな毛布を頭から被って、体を丸めて自我を保つように綾人は一から順に数をかぞえ始めた。
どれだけ眠ったか分からないが、カタンっと音がして綾人は目を覚ます。
毛布から顔を覗かせると、加賀美がテーブルの上に食パンと湯気を立てるオムレツに色鮮やかなフルーツサラダといちごオレを用意していた。
朝食と思われる食事のメニューに綾人は食べたくないと目を伏せる。
覗かせていた顔をまた毛布で隠すと、叱咤するような声が掛けられた。
「早く起きなさい。朝ごはんの準備が出来たから」
鳥籠へ近付いて、カシャンと檻を開かれ綾人の体は再び勝手に震えだした。
同時に遠い昔を思い出す。
加賀美との出逢いだ・・・
学校で虐められていた綾人はいつも公園のベンチの上で一人泣いていた。
加賀美はいつも美味しい変わったお菓子とジュースを持って話しかけてきた。
綾人のたどたどしい話を笑顔で聞いて慰めてくれる良き理解者だった。
大きくて温かな掌は自分の頭をよく撫でてきて、信頼を寄せていた。
ただ、日が経つに連れて加賀美は綾人を独占しようとした。
友人と仲良く出来るよう努力をしたら、嫌そうな顔をされた。
それらを無視して友達を作った時、加賀美に頬を平手打ちされたのだ。
一瞬、何が起こったか分からなかったが、逆らうと暴力を振るわれるのだとこの時、知った。
怖くて離れたかったが、友達がいない寂しさから加賀美の側を離れることは出来なかった。
加賀美は実にシンプルな男だ。
機嫌を悪くすると顔に出る。しかし、直ぐに謝ると笑顔で必ず許してくれた。
加賀美の求めてくることに逆らいさえしなければ、いつもとてつもなく優しい男だった。
綾人のお願いは何でも聞いてくれたし、好きなもの、欲しいものは何でも揃えてくれた。
加賀美の取り扱い方が微妙に分かっていたことから綾人は安心感もあった。
あの事件が・・・
加賀美に両親を殺されるまでは・・・・
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