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第237話

気を失った綾人を門倉と速水は急いで病院へと連れて行った。 速水が連携をとる総合病院で、怪我も酷いが今は精神面のケアを重要視したい為に精神科病棟の集中治療室へと運ばれた。 精神安定剤の注射を施したあと、あの加賀美に監禁されていた部屋の甘ったるいお香の正体は催淫効果のある薬物と判明した。 それらを体外に排出する為、綾人へ酸素ボンベが付けられる。脈拍は早く血圧も高いが騒ぎ立てるほどのものではなかった。恐らく、体に受けた怪我のせいで引き起こしている高熱が原因だと診断された。 顔の怪我に加え、体の怪我を見てもらう為に外科の医師達が診察にきた。 馬用の鞭を使用し、幾度となく打たれた綾人の体の皮膚は良くてミミズ腫れ。酷い箇所は皮膚が避けて血を流し、パックリと身を開いていた。 「これは・・・」 酷いと、どの医師も口を揃えてあまりの傷の具合に顔を顰めた。 「縫ったほうが良さそうな箇所が多いです。処置をしてもいいですか?」 放っておくと膿む可能性もあると言われ、速水はそれならと処置を頼んだ。 背中や腕。太腿が特に酷くて綾人はそれぞれ10針以上縫うこととなった。 「麻酔もしていますので、今日は目が覚めないと思います」 外科医がそう告げると、深々と頭を下げて病室から出て行った。 門倉は地面へ両膝を付いて、綾人の右手を握り締めると、額に当てて祈りを捧げるように瞳を閉じた。 酷く動揺し、混乱して怯えていた綾人を思い出す。 好きと言って涙を流し、今までの礼を告げられたことに門倉の目に涙が滲んだ。 自分は消えると言った綾人が怖くて仕方がない。もう、人格は構築されたのだろうか? 目を覚ましたら、自分の知る綾人ではないのかも知れないと思うと情けないぐらい怖かった・・・ 「先生・・・。綾はどうなりますか?」 涙を拭い、震える声で聞くと速水が腕を組んで答えた。 「こういうケースは大きく分けて2パターンだ。全てを忘れて一から始めるリセット型か、そこそこの過去まで戻ってトラウマを乗り越えるパターンか・・・」 どっちだろうか。っと呟く速水を門倉は見据えた。 「綾は意識を失う前に俺のことを思い出していました。それって・・・」 「うん。過去まで戻っちゃうパターン、大かもね」 頷く速水に門倉は期待に胸を弾ませる。 「それじゃあ・・・」 「うん。君が望む結果も大いにあるってこと。でも、それって諸刃の剣なんだよね。記憶が残ることは綾人君にとってはかなりキツいんだ。特に今回はトラウマが上塗りされた」 言ってる意味、分かるよね?と、自分でもどうしていいか分からない速水は続けた。 「逃げたくてリセットしたのにまた向き合わされる綾人君はいつ何をキッカケに壊れてもこれから先、文句は言えないんだよね。それに、君は綾人君のこと全部知っちゃったし、触れられたくない過去を知られて混乱すると思うんだ」 困ったなと、苦笑する速水に門倉は顔を上げて聞いた。 「どう接すればいいですか?一番、綾にとって負担にならない方法を教えてください」 必ず守るからと門倉が目を向けてくるなか、速水は大きく息を吐いた。 「分からない・・・。こればっかりは本人である綾人君次第だから」 自分ではもうどうしようもないと、速水は瞳を閉じた。

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