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第238話
明日、綾人が目覚めてからが勝負だと速水は言って病室から出て行った。
門倉は看護婦が用意した簡易椅子へ腰掛けると、深い眠りに付いたままの綾人を見つめた。
「綾ちゃん・・・。頼むから俺のこと覚えててね」
綾人の蜂蜜色の髪に触れながら囁く門倉の指先は震えている。
よく笑う綾人はよく拗ねてよく怒る天使だった。
子供のように騒いではパタリと寝て、また喚いてといつも楽しそうな自由奔放な姿を見せていた。
周りを巻き込む明るさに皆、視線と共に心を奪われた。
純真無垢な天使
自分もそう思っていた。
だけど、本当は・・・
「ただの傷だらけの子供だ・・・」
小さく呟いて、唇を噛み締める。
人の気持ちに敏感で人の顔色をいつも伺っていた。
人から嫌われたくない想いが強い綾人はいつも笑顔を保ち、人の嫌がることは決してしないし、噂話も悪口も吹聴しなかった。
いつもイイ子でいることを心がけているようで不思議だったが、今回のことで全てに合点がいった。
愛に飢えた幼い子供はとんだトラウマを抱えて涙を流していたのだ
愛して欲しくて、誰かに守って欲しい・・・
親を早くに失った綾人の幼い心が出すSOSだったのだ。
愛してやりたい
守ってやりたい
綾人が好きだと言ってくれる限り、その想いに応えたいと願った。
門倉は綾人の手を握り締め、片時も離れたくないと寄り掛かるように上体を倒して身を寄せた。
病室のカーテンから漏れる陽の光で綾人は眩しいと目を覚ました。
体中が痛くて眉間に皺を寄せると、手を握られている事に驚いて視線を下げた。
そこには御伽の国の王子様の容姿を持つ門倉が寝息を立てて眠りに付いていて、綾人は驚く。
混乱する頭で色々考えたあと、昨日の事をじわじわと思い出していった。
加賀美に監禁されて、訳が分からなくなっていたとき、門倉が助けに来てくれたのだ。
それから少し頭の中を整理して数日前の事を遡って思い出すようにした。
加賀美の事が怖くて体が震えたが、綾人は痛む体をなんとか起こしてベッド脇にあるメモ用紙とボールペンを手に取った。
一生懸命、そのメモ用紙へと綾人は文字を走らせる。
自分が覚えている全ての事柄を包み隠さず順を追って震える手で日記を書き記していった。
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