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第262話

Vネックの深いえんじ色のニットにカーキ色のダメージジーンズを履いて、手には暖かそうなボリュームのあるダウンジャケットを持った咲也が眼鏡のフレームを押し上げて室内を見渡した。 「咲也、遅かったじゃん!」 見惚れんばかりの容貌の咲也に意識を奪われていた綾人とざくろだが、渉が嬉々として声を発したことで我に返った。 渉が咲也の肩に触れようとした時、咲也はその手を思い切り叩き落とす。 そして、ポケットから除菌ウエットテイッシュを取り出して手を拭くとそのゴミを渉へペシリと投げ付けた。 「触るな、汚いな」 冷やかな目を向けて言い放つ咲也に一同ピシッと凍りつく。 ただ、二名を除いて。 「咲也、口を謹め」 厳しい声で咲也に命じたのは兄である門倉だった。 そして、もう一名。 「おーい、ゴミはちゃんとゴミ箱に入れろよなぁ〜」 呑気な声で投げ付けられたゴミを渉は拾ってわざわざご丁寧にゴミ箱に捨てる。 どうやら渉は咲也のこんな対応にとても慣れた様子だった。 咲也は渉にフンッと顔を背けると、逆に門倉の元へ足早に走って満面の笑顔で兄へと抱き着いた。 「兄様!遅れてすみません!道が少し混んでいて!!あぁーーー!会いたかったぁ〜!!!」 ぎゅーっと抱き着いてくる弟の頭をバシッと叩くと、咲也はうっとりと目を兄へ向けた。 「兄様の匂い落ち着きます!あぁ〜堪らないっ!もう、勃ちそうだ!!」 「抱き着くな!そして、気持ち悪い発言をするな!この変態!!」 「どうしてですか?兄弟なんだからいいでしょ!?」 「男兄弟はこんなキモいことしない」 デジャブ・・・ 先ほど、九流が渉とした言葉のやり取りが再現される。 内容は比べようがないほど違ったが・・・ 門倉が仄めかしていた事と九流が口籠っていた事がここにて合点がいく。 どうやら、咲也は相当なブラコンで潔癖症プラス、かなりの人嫌いっぽい。 そんな咲也に門倉の恋人である綾人は上手くやっていけるのか硬直していると、それに気付いた咲也がじとりと眼鏡の奥から睨みつけてきた。 「お前・・・」 明らかな敵意を放つ咲也に綾人がビクリと体を震わせた。 「病院でいた奴だよな・・・」 病院と言われ、綾人は何のことか分からず眉間に皺を寄せる。 「まだ兄様の側にいるの?兄様に怪我をさせといて厚かましいにも程がある。このブッサイク!ちょっと兄様に気に入られてるからって自惚れるなよ!お前なんてその辺の一時のオモチャと一緒なんだよ!オカマ野郎!!」 「・・・・・」 初対面のハズなのに遠慮ない強烈な罵詈雑言に綾人はあまりの衝撃にてピシッと石のように固まった。

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