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第266話

「綾ちゃん、こっちおいで〜」 「消えろ!ブサイクっ!!兄様の部屋に入ってくるな!!」 「こいつは置物と思って早く入っておいで」 「回れ右して帰れ!!空気が腐るっ!!」 約束の週末、綾人は予定通り夕刻に門倉の部屋へと来たのだが、何故か門倉家の次男、咲也がソファにて兄に抱きつく様に鎮座していた。 扉を開いて硬直した綾人は門倉から満面の笑みで手招きにて誘われ、弟の咲也からは犬を追い払うが如く手を払われて毒を吐かれる。 「・・・・・」 ここに居たくないと自分の心に忠実に去ろうとした瞬間、門倉の厳しい声が自分の名を呼んだ。 「綾人!」 制圧するような声に足を止めると、嫌そうに顔を歪めて振り返った。 兄に殴られた様子の咲也は頭を抑えてソファにてうずくまっている。 こんなの無視して、こっちに来いと悠然と微笑む門倉に逆らえず、綾人は足を部屋へと踏み入れた。 「あ〜。うざっ!キモッ!普通、兄弟水入らずの場面壊さなくても良くない?空気の読めない馬鹿は本当に有害だ〜」 兄を間に挟んだ咲也が綾人へ向けての愚痴を飛ばし続ける中、門倉は完全な無視を決め込み綾人へちょっかいをかけまくっていた。 かく言う綾人は青い顔でこの悪夢から覚めたいと石の如く固まる。 昼間の一件にて昨夜が極悪ブラコンなことは分かった。 分かったのだが、目の敵にされる綾人は溜まったもんじゃないと、門倉越しに咲也を睨みつける。 「あ、あの!」 勇気を出して声を出すと、咲也の鋭い視線が眼鏡を通して向けられた。 「俺に声かけてるならやめてくんない?耳が腐る。お前の声、癇に障って仕方ないんだけど」 あまりの言いように流石の綾人もプチッとキレた。 「だったらアンタが出て行けばいいだろ!?僕はゆーいちに呼ばれて・・・」 「ゆーいち!?」 被せるように大声で自分の言葉を繰り返され、綾人は驚きに口を閉ざす。 「貴様、馴れ馴れしくも兄様のこと名前で呼んでるのか!?なんって図々しい馬鹿なんだ!お前が兄様の名前を呼ぶなんて百億年早いっ!ご主人様とでも呼べ!この犬!!!」 ソファから立ち上がり、綾人へ怒号を放つ咲也にどうしてそこまで言われなきゃいけないのだと拳を握り締めた綾人はソファを立ち上がろうとする。が、次の瞬間、門倉の長い足が咲也の腹部を思い切り蹴り飛ばした。

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