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第273話

虫けらでも見るような門倉の母親の視線が忘れられず、綾人は受付業務を終えた後、沈む気持ちを抑え切られずにいた。 本当ならパーティー会場に戻り、別の仕事をしなければならないのだが、今戻るとミスの連発に繋がって逆に迷惑を掛けそうとも思えた。 誰もいないひっそりとした中庭のベンチにて腰を掛け、白い息を吐いた。 外は12月という事もあり、とてもつもなく寒いはずなのに不思議と寒さを感じない綾人は高い空を見上げる。 『あの子は大切な門倉家の跡取りなの。一時の遊びで人生を棒には振らせれないのよ』 『今すぐにでも優一とは縁を切って』 あの女の冷ややかな声と嫌悪を含んだ瞳が綾人の脳裏に蘇る。 見上げる空を見つめていると、自然と涙が溢れて頬を伝った。 子を大切に思う親ならば当たり前の反応だ。 それも門倉の家柄はピカイチ。門倉自身のスペックの高さもあるのだろう。大切に育てられては期待を込められていてもおかしくない。 確実な栄誉ある未来がある息子がこんな問題ばかり抱え込む、それも男の自分と付き合っているのはさぞかし許しがたいことだろう。 分かっている・・・ 分かっているのだが・・・ 好きなものは好きなのだ 泣く事を止めたくて上を向いたが、涙は流れてくると諦めた綾人は顔を下へ向けてボタボタと大粒の涙を零した。 門倉が卒業するまで残り、1年3ヶ月。 側にいたい だけど、きっと残り1年も側にいたら確実に自分は門倉から離れられないだろうと綾人は蜂蜜色の瞳を閉じた。 ー 貴方が邪魔だと言ってるのよ! ー 分かってます ー あの子にもう将来の伴侶がいます ー そうだろうとも思っていました ー 高校生活の戯言と思っていたけど、図に乗り過ぎです ー 大丈夫。あの人は戯言だと思ってますよ。図に乗ってるのは僕だけ・・・ ー 女ならまだしも、男の分際で気色の悪い!分を弁えなさい ー 仰る通りだ。 僕があの人に与えられるのは迷惑と後悔。そして、人生の汚点だけだ。 好きなら離れるべきで、愛してるなら彼の未来を守るべきだと、彼女の言葉が心に響いた。 1年と3ヶ月。 これは側にいて幸せを感じる期間ではなく、自分の想いを封鎖して門倉を輝く未来へ送り出す期間なのだと考えを改め直した。 「好きなら我慢しなきゃ・・・いや、好きなら我慢できる」 それが愛の証明なのだと綾人は拳を握りしめ、涙で濡れる目元を手の甲で拭った。 本当にあの人のことが好きだから・・・ 絶対、我慢してみせる 心に新たな誓いを立てて、綾人は椅子から立ち上がると顔を上げ、パーティー会場へと足を向けた。

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